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ウールサッキングを防げ!

8月10日にアニパルから3匹のちびちゃんがやってきて1ヶ月以上が過ぎ、
仙台は秋の気配が深まり、昨夜はいよいよ猫たちと
ダサい毛布にくるまって眠りました。

ちびちゃんたちも順調に大きく…、とはなかなかいかなかったものの
ようやく3匹ともに700g台後半に成長しました。

おちび③
今回の3匹は5匹きょうだい。
他のボランティアさんが預かった2匹の便から寄生虫が見つかったということで
我が家預かりの3匹にも小さなうちに駆虫薬が投与されました。

おちび①
ノミダニ駆除薬も投与したのでカラースタイル。

ここまでミルクの飲みもよく、
駆虫薬も投与してあとは体重が順調に増加するようがんばるのみ!と思っていたのに、
少しずつミルクの飲みが悪くなり、くわえて3匹ともにお尻が赤い。

3匹でお互いのお尻を吸いあっていることが原因とわかり、
すぐに3匹別々にして様子を見ていたのですが
男の子2匹はタマタマがあることにより強く吸われて傷もあり、
おそらく傷からばい菌が入ったのでしょう、ただれがひどくなるばかり。
女の子だけを我が家に残して、男の子2匹はアニパルに戻って
皮膚のただれの集中ケアを受けることになりました。

おちび⑮
男の子たちは4日間ほどアニパルに入院して、お尻のケアを終え
家に戻ってきました。

この子達は母猫の乳首を吸えないストレスが大きく
今後、過剰なウールサッキング行動(異物をしゃぶったり、噛んだりする行動)に
つながりかねないということで、アニパルの獣医さんの指示を受けて
シリンジではなく哺乳瓶を使って哺乳をすることになりました。

哺乳瓶をうまく吸えなくても
1日に何度か乳首をくわえさせることでストレス軽減を図ります。
猫砂をトイレに使うことも異食につながる恐れがあり、
トイレもしばらくはペットシーツのみ。男の子たちはカラー着用。
哺乳瓶をくわえさせると最初は少しいやいやするような仕草を見せることがありつつも
やっぱり安心するのか、3匹ともに上手にミルクを飲んでいました

離乳も進み、トイレ砂も少しずつ投入して異食は確認されなくなったので
ずっと別々に暮らしていた3匹も先週ようやく一緒のケージで
過ごさせることができるようになりました。
男の子たちのお尻もきれいになり、カラー生活も終わりを告げました。

おちび⑩

 おちび⑪
すぐにこのケージは3匹では手狭になり、
今は2段ケージに引っ越しています。


 【スズに甘えるタマコ】
 おちび⑨

 【こんなに小さくても爪とぎをする】
  おちび⑧

**********
昨日はSさんが遊びに来てくれて
大人猫が見守る中、Sさんが操る猫じゃらしでたくさん遊びました。
最初はどう遊んでよいのかわからず恐る恐るだったのが
お兄さんたちが遊ぶのを見て真似っこするようになり、
まだおぼつかない感じながら、
必死に猫じゃらしに飛びつく姿が本当に可愛らしく微笑ましい。

おちび⑦

おちび⑫

おちび⑬

9月末にワクチン接種の予定があるので
譲渡は10月のアニパル譲渡会が目途になるのではと思います。
健やかに成長できるよう引き続き見守っていきます。

| ミルクボランティア | 17:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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秋保で譲渡会

 早朝の空気がすっかり秋の空気に入れ替わりました。
こうなると日中に気温が高くなることはあっても
朝晩は涼しくなっていくのみなんですよね。さよなら2022の夏。

先週土曜日、保護中の茶白子猫を連れて譲渡会に参加しました。
開催場所は秋保温泉郷にあるカフェkukkaさん。

 秋保⑧  
 ↑秋保の磊々峡。本文とは関係ないけれど先日遊びに行ったので…

今回の譲渡会の開催、企画は「秋保猫街道」の皆さん。
秋保は猫に関するお店が多く、猫に優しい街を目指しているそうです。
秋保でお店を営む猫好き有志で活動しているのが「秋保猫街道」さん。
保護猫団体ではありませんが、チャリティイベントなどを開催し
収益は猫助けのために寄付されているそうです。

しっぽゆらゆら杜猫会とのコラボ企画も多く、
そのご縁で秋保での譲渡会に参加させていただくことになりました。

秋保②
今後毎月第四土曜日に定期開催されるそうです。

秋保③
kukkaさんは温泉街から少し奥まった場所にあります。

秋保⑦

秋保①
看板猫ちゃんもいる素敵なカフェでした。
三毛ちゃんは譲渡会の準備の様子を興味津々で見ています。
茶トラは比較的珍しい女の子。
なつっこくて、スリスリゴロンしてくれました

秋保④
屋内テラス席にこのようにケージを並べて

秋保⑥

秋保⑤
うちの茶白くんも参加。
名前を付けなければいけないということで
〝茶七郎(ちゃしちろう)〟と言う名前で参加。
うちに留まった男子は7匹目くらいだろうか…と思いつきで付けたものの
後で簡単に指折り数えたら軽く10匹超えていました。
本当は茶十四郎、茶十五郎、茶十六郎などが正しいかも…

はじめての譲渡会で若干緊張気味でしたが、
終始落ち着いていて、参加者の皆さんにおほめの言葉をいただきました。
抱っこ大好きぶりも披露。
毎日茶七郎を赤ちゃんを抱くように横抱きにして、血も汗もにじまない
私が楽しいだけの抱っこトレーニングを続けてきた甲斐がありました。

少し気になるのは罹患していた猫風邪の影響が今後も残るかな~というところ。
気温の変動で鼻がぐずついたり、目の縁が赤く腫れたりということがあります。
成長とともに体力がつけば影響も変わってくるかもしれないけれど
こればかりはなんとも…

譲渡会が始まり、検討したいというご家族が一組おられたのですが
その後特に連絡がないので今回はご縁なしかな。
まぁ焦らずいきたいと思います。

譲渡会とは関係ないのですが、
【10年前の写真です】と
以前に保護した〝風ちゃん〟の写真がスマホに出てきました。

もう10年前になるのかぁ…と。
あのときは風ちゃんを保護して、
恐らく風ちゃんと血縁関係にある兄さん、ミルクと保護して
保護をすることにも、里親様を探すことにも慣れていなかったし
いろいろ大変だったなと懐かしく思い出します。

 【風ちゃんです】
 風ちゃん
10年を経ていても思う。
茶七郎は風ちゃんと血縁関係だろ…と。
愛らしい性格もとっても似ている気がする

| 猫関連 | 17:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ちびちゃんずがやってきた

お盆だからみんな竜太に乗って帰ってくるかな~と
昨夜マルの散歩をしながら夫に話しかけたら
いくら竜太でもつぶれてしまうと返されました。

ならば、竜太にめーちゃんとアニパルから来たちびちゃん達、
小梅に真生、ゴンちゃんに灰白ちゃんが乗って帰ってくればよいのでは…と
勝手に下界で計画を立てている盆の入りです。

今年はアニパルからちびちゃんずも来ないし、
小岩井牧場に行って羊と遊ぶか、
もしくは蔵王キツネ村でキツネと遊ぶかと計画していたのですが、
10日に今年度はじめてのちびちゃん達がやって来ました。

ちびちゃんず⑤
5匹きょうだいのうち、我が家では3匹のお預かり。
まだ100g台の乳飲み子ちゃんです。

ちびちゃんず①

ちびちゃんず②
茶トラの女の子。預かったときには目が開いていました。
たぶん目が開いたばかりだったのだと思います。
は~シュウマイ時代はなんて可愛いのでしょう。何匹見てもかわいいや。

ちびちゃんず⑥

ちびちゃんず④
キジ白の男の子。家に来た翌日に目が開きました。

ちびちゃんず③
茶白の男の子。まだ目が開いていません。
今朝開きかけていたので今日の夕方には目が開く、かな?

1回の哺乳タイムに1匹10mlは飲んでいて体重も少しずつ増えています。
今朝、3匹ともにうんちも出たけれど
茶白くんのうんちが少しゆるかった。
この子にはミルクを少し薄めに調乳したほうがいいかも。
目が開くのも遅いし、発達ゆっくりさんなのかなぁ。
注意深くお世話していきたいと思います。

8月10日くらいに目が開きはじめているということは
10日時点で生後10日くらいかなと推測しています。

さーくん②
推測をもとにちびちゃんずの誕生日は
めーちゃん&さーくんと同じく7月31日か8月1日にしよう!と
勝手に決める預かり主である。

先日保護した茶白の男の子も元気に過ごしています。
里親さんを探しているのですが、ちょっと難航。
8月下旬に譲渡会に参加する予定なので決まるとよいのですが、
もうけっこう大きいのです。
抜群に性格はよいけれど大きくなると決まりにくくなるのが常。
よい里親さんいないかなぁと焦るこちらをよそに、
猫の兄さん・姉さん、マルともすっかり仲良しになり
夏を満喫している茶白くんなのでした。

【よい夏をお過ごしください♪】
茶七

| ミルクボランティア | 13:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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二人の叔父さん

 ハルジさんには私の姉と同じ年の娘がいて、
母の弟である叔父さんには私と同じ年の双子の娘がいました。
私たち姉妹は夏・冬と下北に出向き、
年の近いいとこ同士5人いつも一緒に過ごしました。

ハルジさんにお線香をあげて、今度は叔父さんの家へ。
叔父さんの双子の娘の一人は叔父と同居、一人は東京で暮らしています。
叔父さんの葬儀が終わったのが6月29日で
東京に住むいとこもまだ滞在していため、
久しぶりに双子姉妹と会うことができました。

叔父さんの葬儀はコロナの第7波流行が始まる直前でしたので
町の多くの人が参列してくれたようです。
私はお世話になったにもかかわらず参列できなかったことの不義理を
叔父の家族に詫び、仏前の叔父にも詫び、
これまでの感謝を込めてお線香をあげました。

**********
祖母が生きていたころ、叔父家族は祖母と同居していました。
祖母は夏の間かき氷屋を営んでいて、
かき氷用の蜜や、あんこを祖母が大鍋で煮るのをそばで見るのが楽しかった。
今の時代、信じられないくらい美味しいかき氷が存在していると思うけれど
夏の夜に皆で揃って食べる祖母のかき氷の味は最高のものでした。
練乳やあんこは商売用で祖母はかけてくれなかったけれど
ごくたまに大判振る舞いで練乳・あんこがかかっているときがあって。
青森に帰る直前にはかけてくれたのかな? 謎です…。
昼間は磯で遊び、夜は花火をしたり、
お盆にはお寺様に備える料理や精霊馬をみんなで運んで。

冬は年越しに足のついたお膳が並びました。
一人ずつお膳で年越し料理をいただくというのが
子どもの自分には特別感があって、わくわくと胸躍るものでした。
紅白歌合戦を見て、家ではジュリーの物まねをすると
子どもにふさわしくないときつく叱られるのに
下北ではハルジさん夫婦も叔父夫婦もやんややんやと盛り上げてくれるわけです。
これが気分良くならずにいられましょうか。
夜の11時がまわるころに祖母達が作るアツアツの鍋焼きうどんやおそばを食べて
行く年に別れを告げ、そのままいとこたちと小さな神社に初詣。

叔父は子煩悩な人で、双子の娘を可愛がり、
私たち姉妹が滞在している間は
私たち姉妹のことも自分の娘と同じように可愛がってくれました。
私たちの父はとても厳しく、
当時は家族で大声で笑うということもない家庭だったので
笑いに溢れ、いとこ達が大人と同じように思ったことを話す叔父の家の様子は
訪ねるたびに衝撃を受けるものでした。
どうしてウチのお父さんは叔父さんとは違うの?
叔父さんみたいなお父さんがほしかったと
泣きながら母に訴え、母を困らせたことも度々ありました。

優しく朗らかで、いつでも周囲の人を笑わせ和ませてくれた叔父でしたが
一度だけ本気で叱られたことがありました。
大晦日の夕方、双子のいとこと岸壁に出かけたときのこと。
海の中に沈んでいる「ウニ」が数個見えたのです。
ちょっと海に入れば取れそう! 取れるよ、絶対に!
いとこたちは地元っ子なので、
暗くなりかけているころに冬の海に入ることがとても危険だとわかっていて
私を必死にとめるわけです。
でもウニ取ったら喜ばれるよ!と私は構わず海に入って数個のウニを持ち帰りました。
しらっと叔父の家に帰ったけれど、まず洋服や靴が濡れているのが叔父に見つかって
罪のないいとこたちが何をしていたのかと問い詰められて
私のしたことはあっさりばれて、海をなめていることを本気で叱られました。
しかも持ち帰ったウニは割ってみると身など入っておらず空っぽのスッカラカン。
怒ると怖いといとこ達から聞いていたけれど、
叔父が普段優しかっただけに叱られたことが響いて響いて。
でもショックだというのではなく、心配させてしまったという申し訳なさが残り、
人を心配させるような危険なことはしてはいけないと学んだ出来事でした。
  
叔父はスポーツをすることを好む活動的な人でしたが、
絵を描くことも上手で、よく船の絵を描いていたという印象があります。
母の家系は長らく回漕店(舟問屋)を営んでいて
海は極めて身近な存在、きっと海の怖さも知っていて
それだけに叔父は海に関することにはとても厳しかったのだと思います。
お盆に海に入ってはいけない、これも厳しく言われていて
小さいころはとんでもないことをしでかすことが多かった私も
お盆は海に行かず静かにしていました。

**********
  おじさん
若き日の叔父さん。なぜか私も写真を持っているという。
足もスラリと長くかっこよかった。西城秀樹みたい!と褒めるとすごく喜びました。
妻である叔母もきれいな人で、叔父は大変な愛妻家でもあったので
榊原郁恵ちゃんみたい!と叔母をほめると
自分が褒められること以上に喜んでお小遣いをはずんでくれたという。

叔父が若いころの8mmが残っているよ~と言われ
その荒い映像を見て、叔母さんやいとこと叔父さんの思い出話をしました。
荒い映像ながら叔父さんのイケメンっぷりがよくわかって
こりゃ叔母さんも惚れるよな~と皆で大笑い。

叔父さんが病気を患ってからは
仙台にいる私は今は症状がよいみたいだ、少し辛そうだと
母から報告を受けるだけでしたが、
身近にいる叔母やいとこ、そして叔父自身にも
様々な不安や葛藤があったことを知りました。

叔父の闘病中、お見舞いに行ったらいいんじゃないか、会わずにいたら後悔するかも、と、
夫が私を下北に連れて行くと提案してくれたのですが
仙台から私が出向いたら叔父さんに死期を悟らせてしまうようで
遠い下北に連れていってくれるという夫の気持ちはありがたかったけれど
私はその提案を断りました。

後悔はやっぱり残っているけれど…
叔父さんには強い絆で結ばれた家族がいて、
辛く苦しい治療の最中にも、叔父さんは家族を笑わせようと努めていたらしく、
会うことはできなかったけれど、その叔父さんらしい振る舞いは容易に想像できました。

私が強く心に残っているのは
真生を連れ帰ってきたときの日記で触れているのですが
私が拾ってきたすでに死んでいた子犬を叔父さんが埋葬してくれて
一緒に手を合わせてくれたこと。

叔母やいとこもこの出来事は知らなかったようで話すと驚いていました。
叔父さんは死んでいた犬のことも哀れに思ったかもしれないけれど
犬を拾ってきて何とかしようと思っていた私の心を労わり
大事に守ってくれたのだと思っています。

叔父さんにとってもある一日の些細な何気ない出来事だったのかもしれないけれど
子どものしたことだと適当にあしらわずに
真剣に向き合ってくれたことがありがたく、
今私が関わる動物たちの命に対して
できるかぎりのことをして見届けていきたいという自分の願い、
心の在り方につながっている出来事です。

下北は青森から3時間弱かかる距離にあるので
今回は疲れているだろう母は同行せず、姉が付いてきてくれました。
姉も叔父さんのお通夜、葬儀と参列してたくさん泣いてもまだ足りないのか
思い出話を聞いては涙、涙なのです。

姉は昔から感情を表に出さないほうで
こんなに泣くの珍しいなぁと驚きの気持ちがありました。
私たちにとっては実の父以上の存在だったと言っては泣く。
私は父に対して今はわだかまりがないのだけど
小さい頃からおとなしかった姉にはずっと心に溜め込んでいる思いがあるのかもしれない。

身内の話でこんなに長くなってしまって申し訳ない気持ちですが
子どもらしく大きな声で笑ったり、遊びに出かけ、時には叱られ、
二人の叔父さんのもとで過ごした時間は
なんと尊いものだったかとしみじみ思います。

ハルジさんにも叔父さんにも感謝しかありません。
叔父さんたちが愛してやまなかったこの美しい町に
また遊びに行って、その度に感謝を伝えたいと思っています。

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二人の叔父さん

 6月に私の二人の叔父さんが亡くなりました。
二人ともに母の実家のある青森県の下北に居住していて、
私は葬儀に参列することが叶わなかったのですが、
仏前にお線香だけでもあげたいと7月2日に下北に行ってきました。

叔父さんは「母の妹の旦那様」と「母の弟」の二人。
ややこしいので、叔母の旦那さんは今まで私たちが呼んでいたように「ハルジさん」と、
母の弟である叔父は「叔父さん」と表記したいと思います。

二人の叔父さんともに私の幼少期に楽しい思い出を与えてくれた人たちで、
最近マオが亡くなって気持ちが沈んでいるところに、二人の訃報に接して
さらに気持ちが沈んでいたというこの頃でした。

まだ受け止めきれないところもあり、ただ気持ちが沈むばかりなので
家事を終えた午後は韓国語の活用を覚えるという時間を過ごし、
難しいことで頭をいっぱいにしたら少し気持ちが上向いてきました。
そんな日を過ごしていたら、今までの思い出も落ち着いて思い出せるようになってきて
個人的な話で申し訳ないのですが、思い出を日記に残しておきたいと思います。

**********
「ハルジさん」は母の妹(叔母)の夫です。
私とは血のつながりがないわけですが、下北に行けば優しく迎えてくれる人でした。
普段はとても物静かで、お酒を飲むとご機嫌で饒舌になる。
酔ったハルジさんはいつもと様子が違って陽気さが増し、
「何にもごっちょーねぇして(何にもご馳走ないから)」と
ほっぺにブッと口を押し付けられたりするのが嫌で逃げ回ったりしていたのだけど
それも下北に行ったときの恒例行事のようなものでいやいやしつつも、
ハルジの「ごっちょーねぇして」がキタァと楽しみにしている自分もいました。

ハルジさんはとても釣りがうまく、下北の海でカレイを釣ってきては
私たちに食べさせてくれました。
うちの夫が一時釣りに夢中になったときも、
下北で船を出し夫と一緒に釣りをしてくれました。
竿釣りではなく、直接腕に糸を巻いて釣る手釣りだそうで
それが本当にかっこよかったと夫は今でもよく言います。

昼間は材木の仕事をしながら、空いた時間に釣りを楽しみ
海を愛していた海の男らしく、筋肉のついた腕に小さな「いかり⚓」の入れ墨が入っていて
チョイワル感が漂っていました。タバコはハイライト。
ハイライトのパッケージを見ると反射的にハルジさんを思い出します。
どこかで外国の血が入ったのかなという風貌で
瞳の色がハシバミ色というのかな、見つめると吸い込まれるような色をしていて
ハルジさんの若い頃の写真を見たときには従妹たちと「ジェームスディーン…?」と
ざわついたのもよい思い出です。

ハルジさんの妻、私の叔母は
私の母とはかなり性格が違っていて、言いたいことははっきり言うし、
シャキシャキとしているけれど、とても情に厚い心の温かな人です。
私は叔母も大好き。叔母と話していると楽しくてしかたない。
下北弁でまくしたてるように話す叔母と、普段は寡黙なハルジさんは
性格は対照的であるように見えるのに、とても仲睦まじく、
一方的に叔母が喋っていた気もするけれど…
会話のやりとりを見ているのも楽しいかわいらしい夫婦でした。

ハルジさんは病に倒れた妻の弟を案じていたようですが
ハルジさんは高齢で、叔父さんよりわずかに先んじてハルジさんが亡くなってしまった。

二人の叔父の家はとても近く、
もう一緒に住んでもいいんじゃないか?くらいの距離。
今回は先にハルジさんの仏前にお線香をあげてきました。
遺影は優しく穏やかに微笑むハルジさんらしいもので、
叔母が「よぐ来たぇ(来たね)って、じいさん笑ってら」と私に言う。
本当によぐ来たぇと話しかけられているような気持ちになりました。
灰皿がまだテーブルの上に置かれていて
でもハイライトの吸い殻はもうありませんでした。

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