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なりきりゴンちゃんお出かけ日記⑦

ゴンちゃん2 
これは今日のぼく。お布団は自分でふたつにたたみ、枕にします。
茨城~青森の旅を終え、ぼくにもいつもの生活が戻ってきた。

ゴンちゃん・玉ちゃん2 
これもつい最近のぼく。玉ちゃんと茶色ブラザーズなのである。
旅のあと、膀胱炎になって体調を崩してしまったけれど今は元気。
ピンク色のおしっこシーツに膀胱炎を患った余韻が…

旅の疲れもあっただろうし、
茨城~青森と移動して寒暖差も体に堪えたかな?とおばさん。

ゴンちゃん 散歩 
5月6日、仙台に帰る日だ。
八甲田山を見ながら元気に朝の散歩。
でもとても寒くて、おばさんはばあちゃんからフリースを借りていた。
風をさえぎるものがなにもないこの道で、
おばさんは地吹雪で命をとられると思ったことが何度もあるらしい。
雪国は通学も命がけなのだなと思った。
たまに「別荘・かまくら」を作るくらいの積雪量が望ましいのかも。

家に戻ると「寒いなら火をつけなさい。」とじいちゃんが言う。
火をつけるだって!?とぼくはびっくりしてしまったのだけれど、
この家では「ストーブ=火」なのである。
暖かさへの渇望が「火をつける」というストレートな物言いに
詰まっているような気がする。火をつけて家の中は暖かくなった

朝食 
ばあちゃんが作ってくれた朝食を食べたらそろそろ仙台へ出発だ。
スズ男がばあちゃんが作るひき肉が中に入ったオムレツが好きなので、
青森の朝食はオムレツが出てくることが多いようだ。
ケチャップ習字で「ショマ」「スズ」と書いてある。

右側手前はおばさんの分。
単に無造作にかけられたケチャップに
孫と娘に対する愛情格差が感じられるのではないだろうか。

今回の青森滞在、ぼくはおじいちゃんとおばあちゃんに
「本当におとなしいいい子だ」とたくさん褒められたよ。
お客さんがきてもウンともスンとも言わないのね~と。
仙台の家ではけっこう吠えるんだけどね、よその家だから…えへへ。

おじいちゃん、おばあちゃんともに
ぼくを褒めると同時に「竜太と違う」という言葉を笑いながら添えてくる。
竜太先輩が誕生してから20年以上の月日が流れているというのに
一体何をすればここまで語り継がれる存在になるのだろう。

ゴンちゃん・青森2 
竜太先輩の声が聴こえたような気がする。
伝説になるために次回滞在時には
思いきって何かを破壊してみるというのもいいかもしれない。

6日は連休最終日ということもあって
道もいつもより混んでいたけれど、夕方には無事にたどり着くことができた。

猫のみんなも元気であった。
めーなちゃんは苦手な猫たちと置いていかれて少し怒っていたように思う。
めーなちゃんも猫なんだけどな…。
自分も猫であるという事実をめーなちゃんはどう感じているのか、
もしや猫であるということは知らないふりをしているのか、知りたいところである。

そうだ、猫ちゃんたちにもお土産があるよ !

さーくん1 
キャンディーの帽子。モデル・左馬介君。

……これほど嫌がられるお土産があってよいものでしょうか。

玉ちゃん5 
キッカーに使えるねと浅虫水族館で買った
「ちんあなご」と「イルカ」のぬいぐるみもあるよ。

玉ちゃんはキャンディー帽、キッカーともに大変気に入ってくれたようで
キャンディーに変化させられている間もグーグーと喉を鳴らしていた。
ちんあなごちゃん、いるかちゃんは大事に運搬して
あちこちに連れ歩いていた玉ちゃんである。

青森から帰ってきた日、
おばさんは少し疲れてしまって、おばあちゃんが持たせてくれたお土産を
箱から出さずにそのまま置いておいてしまったんだ。

まさか箱の中に「鯵の焼き干し」が入っていたなんてね。
朝起きたら、焼き干しが箱の周りに散らかっていたんだ。
またしても「玉ちゃん無罪…おそらく真生も…だけど無罪。」とつぶやきながら
部屋を片付けるおばさんを見かけるという旅行後でした。

これでぼくの旅行記は終わりです。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
また機会があったら「ぼくになりきってね!」とおばさんに伝えます。わんわん。

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なりきりゴンちゃんお出かけ日記⑥

どこの県にも県民に愛される味のラーメン、
いわゆるご当地ラーメンが存在していると思う。

青森のラーメンのスープは煮干しが主流なのだそうだ。
おじさんとおばさんは仙台でも青森のような煮干しラーメンが食べたいと
仙台でも煮干しラーメン探索を続けている。

特にショマ男やスズ男が平日に家を空けるようになってから、
「どろっとした今流行りの煮干しスープも悪くないけど、
透き通った煮干しスープの美味しいお店を見つけたいよね。」など言いながら
煮干しラーメン探索の旅をよくするようになったと思う。
おばさんは最近「まましたぐ」をさぼりすぎなのである。

また青森に行ったら煮干しラーメンを食べる !と決めていたおばさん。
けれど、出発の数日前、
サンドイッチマンのお二人が青森で別のご当地ラーメンを食べているのを
地元のテレビ番組で見てしまったおばさん。
その懐かしいラーメンのことで頭がいっぱいになってしまったのである。

味噌カレー牛乳ラーメン 
浅虫水族館から戻り、おじさんとおばさんは
これまた青森のご当地ラーメン「味噌カレー牛乳バターラーメン」を食べに。
ジャッキーチェンの映画を鑑賞した後はここのお店のラーメンを食べると
決めていたというおばさん、
なんだかんだで帰るたびにこのラーメンも食べている気がします。

煮干しもやっぱり捨てがたいなぁ、夜お腹減ったら煮干し行こうな~など
おじさんに指示しながらおばさんが戻ってきた。

ショマ男とスズ男はおばあちゃんが夕食を用意してくれたので
家で夕食を食べていたのである。

スズ男は浅虫で食べられなかったホタテ料理を用意してもらい、
ショマ男はおじいちゃんと晩酌。

おじさんたちが戻ってきたころ、おじいちゃんはほろ酔いである。
「ショマと晩酌ができて最高の夜だ。」とおじいちゃん。
そうか、はじめて一緒にお酒を飲んだんだね。

お酒 
左の写真は茨城に行ったとき。
有名な品揃えのよい酒屋に行き、日本酒や焼酎を何本か買ったんだ。
青森行きが決まり、ここで購入した「新政 No.6」という日本酒を
おじいちゃんへのお土産にすることにした。

おじいちゃんはお酒か好きなので、
食べ物と一緒ではなく、先にどんどんお酒だけ飲む人。
ショマはいつもは食事と一緒に甘いお酒を飲む程度なので、
おじいちゃんの飲み方に付き合っていつもより酔いがまわっていたようだ。

「あれおかしいな…」と言い、酔いを覚まそうと体操をしていたと
ショマの様子をおじさんたちに楽しそうに報告するおじいちゃん。

 ショマ・じいちゃん 

ショマの施設が掲載された雑誌 「りらく」も持参したのだけれど
眼鏡をかけたり外したりしながら、おじいちゃんはじっと雑誌を読んでいた。

「じいちゃん、ショマからのラインをいつも楽しみにしているんだよ。
ショマからラインくると寝ていても起きてくるんだから。」とおばあちゃん。
ぼくはもう穏やかなおじいちゃんしか知らないけれど、
昔はそれはそれは厳しく、ショマといて笑っているおじいちゃんというのが
おばさんにとってはその目で見ても信じられないようなことであるらしい。

ぼくはささやかな家族団らんの様子を聞きながら玄関で寝ていた。
夜は冷えるからとおばあちゃんがタオルや着なくなったセーターを敷いてくれたんだ。
もうおじいちゃんも78歳。孫に会いたいからと好きなときに
青森~仙台を行き来できる年でもなくなってきた。
ゴンちゃんが車の移動がんばってくれて青森に来られたよと
おばさんが頭を撫でてくれた。おやすみなさい。

ちなみに夜の煮干しラーメンはおじさんの胃袋が限界で行けなかった。
ちょっと ! 破裂しても行くわよ ! とおばさんに叱られていたおじさんである。

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なりきりゴンちゃんお出かけ日記⑤

5月5日早朝、再びぼくは車に乗り込んだ。

最初はやっぱり怖いな…と思ってしまったけれど、
茨城行きの経験が怖いと思うぼくの心の支えとなり、
すぐに横たわって移動することができた。
「ゴンちゃん、ずいぶん慣れたね~♪」とスズ男もほめてくれた。

途中、岩手県のサービスエリアに寄ったのだけれど、
寒さに震えておばさんは写真どころではなかったらしい。
春物のコートも持参したおばさんであるが、
北東北の寒さをなめていたようだ。

茨城まで南下した後に、青森へ向かって北上すると
高速道路から見える緑の濃さがまったく違う。
岩手~青森はまだ春浅くという風情で、
木々が芽吹きだし、これから勢いよく茂り出す準備をしているようで、
森の色も全体に薄い緑色なのだ。
若芽はおひたしにしたら美味しそう…とおばさんは思ったとか。
高速道路脇のどの木をおひたしにするというのだ。

八甲田山2 
八甲田山だ !
毎日毎日部屋から八甲田山を見ていたおばさんは、
この山を見ると青森に戻ってきたという気持ちがするらしい。
おじさんの故郷の「筑波山」、ぼくの故郷の「安達太良山」、
そしておばさんの故郷の「八甲田山」と山シリーズである。

おばさんは嬉しくて、八甲田山の写真をお友達のべるこさんたちに送った。
即座に「天は我々を見放した!」と地元民のおばさんでも忘れかけている
映画「八甲田山」の台詞を返してくれたべるこさんである。

お昼ごろ、おばさんの実家に到着。
待ちかねていたおじいちゃん・おばあちゃんも
ぼくを歓迎してくれて嬉しいかぎりである。
ゴンちゃん青森3 
そして、ゴンちゃんはとってもよい子だからハウスに入らなくていいよ~と
おばあちゃんからまさかのお許しが出た。
後ろの年代物の白い洋服掛けにリードはつないであるけれど、
今日はハウスに入ることなくここでゴロリと寝ていてよいらしい。

おばあちゃんが用意してくれたお昼ご飯を食べ、
おじさんたちはどこに行こうかと計画を立てていた。
八甲田山~奥入瀬渓流もいいかなと思ったらしいけれど、
時間が少し足りず、何より寒さに耐えきれるか自信もなかったのか、
浅虫水族館に行くことにしたようだ。
ぼくはお留守番。おばあちゃん・おじいちゃんとよい子で待っています。

浅虫水族館1 
海沿いの道を走り、浅虫水族館へ到着。
おばさんたちはすっかり忘れていたらしいのだが、この日は「子どもの日」。
水族館は入館料無料なのかしらん。すごく混雑していた。

浅虫水族館4 
浅虫水族館35周年なのね。ディズニーランドと一緒だ~。
おばさんは何度も来ているけれど、県内でも大好きな場所のひとつらしい。

浅虫水族館2 
5月5日のこの日、なんと早朝にゴマフアザラシの赤ちゃんが誕生したんだって。
誕生のニュースの取材にたくさんのテレビ局が来ていた。
誕生したその日にすぐに赤ちゃんを見せてくれていることにびっくり。
スズ男が丸で囲ってくれて、ゴマフアザラシの赤ちゃんの写真を送ってくれた。
「ゴマフアザラシの赤ちゃんは真っ白というイメージなのだけど、
水族館で見た限りではゴマ模様でした。
自然界と水族館ではやはり条件が違うからかな。教えてゴンちゃん。」
おばさんが今語りかけてきましたが、ぼくにはわかりません。わんわん。

イルカショーは大混雑で見ることができなかったけれど、
イルカ館というイルカたちが泳ぐプールで
イルカが時おり大きな水しぶきをあげて悠々と泳ぐ姿を見て、
ショマ男たちもおおいに楽しんだようである。

浅虫水族館5 
貝殻の展示を見るスズ男。
おばさんは小さいときに世界の貝殻を集めていたそうだ。
その昔、デパートの催事場などで頻繁に世界の貝殻を売っていて、
おばさんはお小遣いをためて貝殻を少しずつ買い、空き缶を貝殻でいっぱいにした。
貝殻の展示は地味目の展示であるが、
「あれも持ってた、これも持ってた!」とおばさん大興奮。

スズ男に、「お母さん、小さいころ貝殻集めてたんだ~。」と話しても
どうしてそんなものを集めていたのかといまいちピンとこないらしい。
理由は今となってはおばさんにもわからないらしいけれど、
貝殻を耳に押し当てて波の音を聴くんだよ !
スズ男は浪漫がない !と思ったとか。

たぶん今ぼくのいる収納スペースだけやたら広い
「青森の実家」に埋まっているとおばさんは思っている。
ジャッキーチェンの写真集・レコードとともに、
貝殻コレクションは実家から発掘してもらいたいもののひとつ。
実物を見れば、貝殻浪漫をスズ男も理解してくれるのでは…と期待するおばさんである。

浅虫水族館3 
浅虫水族館でお土産などを買い、
「ホタテの貝焼き」を食べたいというスズの要望のもと、
水族館近くの「ほたて広場」に出向いたおじさんたち。

残念ながら来たのが遅く、貝焼きを売っている外のお店は店じまいしたところ。
食べることは叶わなかった。
今度は早く来てホタテ御膳を食べたり、
ホタテソフトクリームを食べたいなと誓う子どもたちである。
ホタテソフトクリーム…どんな味かしらん。
と思っていたのですが、おばさん昔ホタテソフト食べてました…。
記憶力の低下に不安を覚えているおばさんです。

夜の様子まで書きたかったのだけど、ちょっと時間切れ。お散歩も行きたいし !
今日はここまででーす。

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なりきりゴンちゃんお出かけ日記④

こんにちは、ゴンです。まだなりきる気か! わんわん。

5月1日、2日とショマ男は仕事、スズ男は学校である。
おばさんは内職があり、
内職の合間にお休みのおじさんと昼食に出かけるくらいという2日間だった。

1日目はショマ男の施設のレストランへ。
2日目は「SAMASAMA亭」という
左馬介君っぽい名前のマレーシア料理店で昼食である。

ランチ 
左側上がショマ男が働く施設のタコライス、左下は日替わりランチである。
右側上はマレーシア料理の肉骨茶、右側下はマレーシアのカレーである。
肉骨茶の骨の残りでも持ってきてくれないかな~と思ったけれど
ぼくにはNO土産のひどい夫婦である。

タコライス 
この間、仙台の「りらく」という情報誌に
ショマ男が働く施設のレストランの料理が掲載されたのだ。

こうした連休の中休みには
おじさん・おばさんとで施設に食事に行くことにしているらしい。
販売に出かけていることの多いショマ男とは
施設内でなかなか会うことができないのだけれど、
1日の日はお菓子製造担当の日だったのか
おじさん達はまかないを食べているショマ男に会えたとのこと。

レストランで食事をしているおじさん達をチラチラと気にしつつも
仲間と談笑してお昼ご飯を食べるショマ男を見て
おじさん達は安心し、ご機嫌で帰ってきた。
元気に働ける場所があるというのは何よりうれしいことなのだろう。

*******
5月3日からショマ男もスズ男も再び休みに入った。
しかし、おばさんは内職があり、男たちは出かけることなく家でのんびりと過ごし…
というのはソフトな言い回しである。
どちらかというとやることなくダラダラと過ごしていたというのが適当だろう。

5日の土曜日に納める仕事をがんばり、おばさんは考えた。
このままでは、スズ男の連絡帳で
「連休中のスズ男は時々テレビ、時々スマホ、時に昼寝。」と
連休報告をしなければならなくなる…

8日の火曜日に納める仕事がすぐに控えていたのであるが、
おばさんは連休明け7日に仕事をがんばってぐったりする覚悟で
青森に出かける決意を固めたのである。1泊2日でおおげさだな
茨城だけでなく青森にも来てよ~ん
青森のばあちゃんからの突き上げがなかなかに強いものであったことも
青森行きに関係しているようだ。

再びぼくは5日早朝に小梅ちゃん形式で車で青森まで移動することになった。

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なりきりゴンちゃんお出かけ日記③

こんにちは、ゴンです。茨城編の最後です、わん。

筑波山から戻ってきたおじさん達、
その日の夜はおじさんの弟一家と、おばあちゃんと食事に行った。
見える、見える~猛烈な勢いで飲み食いしているわが一家が~。

おじさんの弟、ショマ男たちにとっては叔父さんだ。
叔父さんが「今日は犬は連れ帰ってこなかったの?」なんて言うものだから、
おばさんは笑ってしまったそうだ。
今回はぼくとだけ仙台の家に帰るのだ !

叔父さんにはスズと同じ年の娘さんがいる。
明るくて可愛い「JK」らしい。
ぼくの家には人間のお年頃の女の子はいないので、
いつかぼくの家にも遊びにきてほしいなぁと思っている。
むさくるしい我が家に花のような愛らしさをふりまいてもらいたいものだ。

夜は更け、おじさんたちも帰ってきた。
長い1日だったけれど、おばあちゃんの家でぐっすり眠ることができた。

********
散歩を待ちわびるぼくの朝はとても早いのだけれど、
ここは自分の家ではないので、6時ごろまで待つことにした。そわそわ。

 sketch-1526277862892.jpg  
おばさんがおばあちゃんの家から撮った朝の風景。
おばさんは「ずっとひらたーい」と喜んでいた。
平たいしか感想がない貧困な語彙である。
このひらたいところをお散歩するぞ。いざ出発

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 わ~~これはサニーレタスかな?
ドレッシングかけたくなるねぇと今度はいやしい感想を述べるおばさんである。
さいわいサプリメントの「犬潤」を飲み始めてから
ぼくの足腰の調子はかなりよくなってきた。

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販売をしている知り合いのKさんに、
広報宣伝の係を申し出ようか…と思っているくらいである。

sketch-1526277650842.jpg 
今日の散歩の目標は遠くにうっすら見える木のところまで歩くことだ。

ぼくの家の周りと違ってアップダウンがなくて本当に楽に歩ける。ありがたいことだ。
この道をゆったり散歩できる犬の同士たちをうらやましく思う。

 sketch-1526277927208.jpg 
道端の菜の花を見たりしながらてくてく歩いて到着。
どうやら古くからこの地にあった神社の跡地らしい。
おじさんは「一本杉のところ」と呼んでいたという。
どう見ても木が杉には見えないのだけど、細かいことはよしとしよう…。 

 sketch-1526277798219.jpg

 sketch-1526278131330.jpg
ここまで歩けたねぇとおじさんもおばさんも喜んでくれた。
いつまでも元気に歩けるように神様にお願いした。
跡地であっても神様はぼくの願いを受け止めてくれると思う。

******
来た道を戻り、おばあちゃんの家に帰ってきた。
おばあちゃんが豪華な朝食を用意して待っていてくれた。
ぼくも散歩後の食事タイム。

朝起きてからあっという間だったけれど、
午後にはスズ男を寄宿舎に送り届けなければならず、
朝食を食べてまもなく茨城を出発した。
おばあちゃん、ぼくに優しくしてくれてありがとう ! !

 みかも 
途中で栃木県みかもの道の駅に寄った。
ドライブにも慣れてきて、表情にも少し余裕があるぼくである。
 
安達太良 
旅の最後の寄り道は福島県の安達太良サービスエリア。

安達太良山を背に写真を撮っていたら、
きれいなお姉さんが駆け寄ってきて
「まだ子犬ちゃんですか?」と言って頭を撫でてくれた。

子犬、子犬だって ! !
おばさん、余計なこと言うなよ言うなよ、言うなよ~と思っていたのに
ぼくの年がわからないこと、たぶんジジ様であるらしいこと、
年がわからない理由を説明してしまったようだ。

お姉さんはたくさんたくさん「良かったね。福島に来たのね。」と
優しく声をかけてくれて、ぼくは嬉しくなってしまった。

詩人・高村光太郎の妻智恵子は、
安達太良山の山の上に毎日出ている青い空がほんとの空だと話したという。
安達太良山の上にあるという青い空をおばさんと眺めてみる。

あの日から故郷を離れざるをえなくなったぼくの仲間や、
ぼくが一緒に暮らした家族も元気で幸せでありますように。
おっと、ちょっと切なくなってしまった。
ぼくはいつも笑っているのに、背後に何か言ってるやつがいるな~。

********
一泊二日の茨城までの旅を終え、仙台の家に帰ってきた。
ぼくは仲良しの玉ちゃんと再会を喜びあった。
猫のみんな、お留守番してくれてありがとう。

寄宿舎に戻るために制服に着替えていたスズ男が、
「玉がやらかしてる!」と報告してきた。

留守中に猫砂が入っている袋を破ってぶちまけてしまったようだ。
犯人は確実に玉ちゃんであるが、
この家では「玉ちゃん無罪」「玉ちゃん治外法権」という規則があるらしく、
おばさんは玉ちゃん無罪…と言いながら、後片付けをしていた。
旅行の後片付けも大変であると知ったぼくです。

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