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以前のこと~日を重ねる・終わりに

障害者の母としての心構えができました、と
達観の境地に達したわけでもない。

障害児だから出来ないことばかりさとあきらめているわけでもない。

私も子どもたちもありのままではいられない。

ひとつの家で顔を突き合わせて暮らすのだから、
お互いに近づきあい、心地よくいられるための工夫は
これからも続けていこうぞと母は半ば強引に決めているのです。

書き出してみると、
障害に対する思いにこれといった軸もない自分に驚愕するのですが、
この子たちといるのが楽しくなってきたわという単純なところが
今の心持ちに一番近いように思います。

繭の中にいるような子どもだと思っていたショマが、
かすかに、か細くとも心を震わせながら、
外に発信している羽音に耳を傾けられるようになった。

そして、その音を拾いあげたときに、
私の想像もつかないような美しい音を奏でていることがあることを
この月日の積み重ねで知りました。

その音が、私のもとに届き、心震わせるとき、
彼を育てて10数年経つというのに、いまだに鼻の奥がツンとします。
この世界で、たった一度の人生で出会えてよかったという自らの胸を満たす喜びが、
ショマに向けられるものとして自分の中にあったのだということを
今、母親としてしみじみ幸せに感じています。

予定にもうるさいし、意味がわからないことを言うこともあるし、
人前で大きな声で話をされるとやっばり恥ずかしいやと思うこともあるけれど。
あるけれど、自分の汚い澱んだ心も知りながら、なんとか生きてきたような日々は
私にとって必要な時間だったのだと思う。

ショマとスズが今よりほんの少し小さいときに、よく影踏みをして遊びました。
体をぴったり寄せ合うと、影がひとつになって

 「お母さん見て見て。影も仲良くしているよ。」

とスズが教えてくれました。

なんというちっぽけな喜び。ちっぽけなはずなのに笑える。
ちっぽけであるからといって見過ごせない。
見過ごしたくない喜びが私の周りに溢れている。
そのことに気付くまでに何年もかかりました。

どこかにあったのかもしれないけれど、
掴みどころがなく、自分には手が遠く届かないと思っていた幸せの尻尾を
ようやく掴んだ気持ちになるのです。

だから今、小さな小さな自閉症のお子さんと暮らすお母さんへ。
踏ん張ってほしいと思います。
この子たちと分かち合う喜びは、日を重ねることで
きっときっと近づいていると思うからです。


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****************
以前のこと、長い間、お付き合いいただき本当にありがとうございました。
数年前に書き残したものであり、
何を言っているんだ くさい! と書いた自分が恥ずかしくなるような記述もありましたが
そういった記述はそのままに(笑)、
少し詳しくしたいところは、
今現在の思うところも入れて修正しながらの過去日記となりました。

数年前に書きつけたもの読んでも、今の心境とは少し違うと思うところもあるので
また数年後に読み返すことがあったら、ガラッと考えも変わっていくものなのかもしれません。
周囲の人に、子どもの障害について
打ち明けていく過程などについても残しておきたいところもあったのですが
自分だけの話で済まないところもあり、控えた話もあります。
それでも、今この時点で思うところを書き残しておけて
よい記念になったと思います^^

ショマスズも大きくなりました。
私の元気の源でもある動物組の皆さん、
特に一緒に暮らすことになって間もないゴンちゃんとの関係を
より深めていきたいという思いもあり、
あと、スズの漢字練習にもう少し付き合わなきゃなどもあり…w
今回を区切りに、更新を減らしつつ、
そして、今も好き勝手書いていますが(笑)
備忘録的な内容の日記としてのんびり続けていこうと思います。

ランキング参加も今回限りで終了としたいと思います。
ランキングからたくさんの方が訪ねてくださり、
また応援もしていただいて本当に励みになりました。
長い間の応援本当にありがとうございました。  

| 自閉症関連~以前のこと | 13:13 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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以前のこと~日を重ねる・8

スズが小学校に入学するとき、
スズ君は何組?と数人の顔見知りの保護者の方から訊ねられました。

スズは特別支援クラスです、と事実を伝えるのですが、
そういう風には見えないのに…と言われることが多かったです。

気遣ってくれているのです。
一見して障害があるようには見えない子どもに対して、
なんと言葉をかけていいものか困惑させてしまっているようで
申し訳なくも思います。

私はすでに2人の子どもに障害者があるという当事者なのですが、
先にあげたような、ごく普通にかけた言葉であったのに
思いがけずちょっと気まずい状況を生んでしまったという場面に遭遇したら、
咄嗟に何て声をかけたらいいかしらん…と困惑してしまうだろうと想像します。

たとえば、の話ですけれど、
当事者としては、そんな風には言われたくはないなという言葉があったとしても
相手の方も様々に考えてくださっているのだという、
相手の意を汲む心を持つというのも、
穏やかな人づきあいのために必要なことなのだろうと思います。

そう考えたうえで、
「そういう風には見えない…」という言葉に内包されている意味を
勝手に推察してしまう私。

声をあげるようなイメージかな。顔つきかな。落ち着きがなくて?
そして、可哀想?

最後の言葉は、私が障害者に対して持っていたイメージです。

中学生のときに、同じクラスだった自閉症の男の子。
私はあの子も、あの子のご両親も気の毒だとだけ思っていましたが、
ショマを育てるようになってみて、
あの子が「言葉を話す」という手段以外で、
私たちクラスメートに親愛の情を示していたのだと、
記憶が蘇ってくることが多くなりました。

彼が記憶しているテレビ欄をノートに書き写すとき、
出演者の名前がクラスメートの名前に変わっている。
その名前は時々変化していくのですが、
あれはたぶん、そのときそのときで、
クラスメートのなかでも彼がとても好きだった人なのだろう。
小さな割り箸を大事に持ち歩いていることもあって、
そこにもクラスメートの名前を書いていることがあった。 

彼のお母さんは、「ここででこの行動はしません。」などの
決まりごともしっかり教えていたのだなとふと思うことがあります。
中学生で、男女の関わりも複雑になってくる時期、
女の子に対するマナーは特にしっかり教えていたという気がしているのです。

コミニュニケーションの手段を彼がちゃんと持っていたにもかかわらず、
それは私たちとは違っているからと変だと、気にもとめず切り捨て、
ただ可哀想な人たちと思っていた私。

今、ショマを連れて歩いていると
やはり、その言葉の話しぶりでいろいろな人に見られることが多いです。
ショマが小さいときには、その視線をつらく感じたこともあったけれど
悪意のある視線だけではないこともだんだんに知る機会も多くなってきたこともあり、
障害があるんだ、この子どこかおかしいんだ、
今は周囲の人に、そんな風に見られても別段気にならないし、かまわないと思う。

これでいて、カワユイところがたくさんたくさんあるんですよ~♪って
彼らについて訊ねられたら、私は言うことができるから。

ただ、なにか変な声がする!と驚いて見られるときに、
せっかくなら、もっともっと見ていただいて
スーパーでのお買い物を上手に手伝ってくれることや、
笑顔で一緒に歩いてくれるところも見てくれたら嬉しいのにな…と
可哀想だけでもないんだと知っていただけたらなと図々しく願っています。


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| 自閉症関連~以前のこと | 16:46 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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以前のこと~日を重ねる・7

ショマが普通の子だったらよかった。

ずっとそう思ってきたけれど、少しずつ少しずつ、
私が考える「普通」「人間らしさ」「人間らしい暮らし」を
ショマにぴったり当てはめて考えて、
悩んだり嘆いたりすることは自然と少なくなってきました。

私は母親ではあるけれど、ショマは私の分身ではない。

自分だけが我慢を重ねていると思っていたけれど、
ショマだって私たちの考えや暮らし方に合わせて、
恐らく我慢もしながら暮らしてきている。

障害児を育てていくことについて、
嫌だ、つらいという気持ちが変化してきたのは
周囲の温かなサポートが常にあったということ、これは忘れてはならないこと、
そして、彼らがもたらしてくれた生活の中の新鮮な驚きや喜びが、
私の心をほぐしてくれたのだと思います。

心は今ある状態にだけ留まり続けるものではなく、
常に少しずつでも変化を繰り返すものだと思うのです。
今、もし小さなお子さんの障害に悩んでいる方がいたら、
偉そうにと思われるかもしれないけれど、
ちょっぴりだけ踏ん張ってほしいと切に願います。

適当にやり過ごす日があってもいい。
泣いて弱音を吐く日があっても、子どもが疎ましく思える日があっても、
子どもと過ごす月日を重ねてほしい。

かくいう私も未だ子育ての途中、
これからも心の暗い淵を覗き込むようなときが確実にあるでしょう。

ただ、そのときに私を淵から引きずりあげてくれるのは、
かつて私が嫌でたまらなかったこの家にいる障害のある子どもたちと、
醜い心と向き合い、
つらいこともうれしいこともすべて詰まっている日々の積み重ねと、
今が一番辛いかもと思う日々を
子どもと一緒にどうにかこうにかでも乗り越えてきたんだという
母親としての自信ではなかろうかと思うのです。


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| 自閉症関連~以前のこと | 20:19 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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以前のこと~日を重ねる・6

保育所時代、ショマは統合保育児として
サポートの先生が付き、健常のお子さんと一緒に過ごしました。

保育所在籍当時、言葉を発することができるようになったわけでもなく、
パニックもたびたび、ひっきりなしに大きな声をあげるようにもなり、
特に普段の生活とは異なる遠足、発表会などの行事に参加することは
私たちにとってとても気の重いものでした。

この子は日々成長しているという手応えはほとんどつかめないままに卒業。
試行錯誤を繰り返しながらかかわってくれた年若いサポートの先生と
ショマとが織りなしてきた保育所時代の生活習慣の繰り返しが
ショマの暮らしの土台となっている、
ショマと一緒に過ごす時間の端々でそのように気付いたのはもっと後になってからです。

サポート担当の先生のほかに、クラス全体を統括する先生がいらっしゃいました。
ショマはいつでもサポートの先生独占状態。
けれども、一方のクラス統括の先生とは親密な関わりはありませんでした。

ショマが年長児のときでしょうか、
クラスで縄跳びが流行っていて、縄跳び記録カードというものが作られたらしいのです。
作られたらしいというのはー、

私はそのカードがあることを知らなかったから。
ほかの子どもたちが持っているのを見て、
カード入れを確認してはじめてショマの分はないことに気付きました。

皆とすべてが同じようにできるわけではないと思いながらも惨めで情けなくて。
でも、どうしてウチの子の分はないのですかとも先生に聞けなかった。
いっそう情けなくなるに決まっているから。

行事のおりに、そのことについて絵を描いたとサポートの先生から確かに聞いたのに、
いざ掲示の段になると、ショマの絵だけは貼り出してはくれない。
行事のことについて描いているとはとても思えないショマの絵、というかなぐり書き。

今だから書けることと割り切ってしまいますが、
統括の先生はショマがクラスにいることを快く歓迎してはいなかったと思う。
なぜよく思わないのか、その理由まではわからないけれど。

カードの話にしろ、絵の話にしろ、
薄々は先生のある意図を感じながらも
たとえば、縄跳びができないショマにカードを作っても傷つけちゃうかしらと、
絵にもなっていない絵を貼るのはしのびないと
もしかしたらもしかして、先生が配慮してくれたのかもしれない。

配慮だったと思い込みたい自分がいました。

自分の内側から、汚物のような心の側面が滲み出してくる。
抑えきれない。

カードや掲示物ごときの些細なことでどうして泣かなければならないのか。
どうして身近にいるほかのご家族を妬ましく思わなくてはならないのか。

ショマが普通の子であったなら、こんな気持ちを知ることもなく、
自分は善良な人間と思い込んでいられたかもしれないのに。


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| 自閉症関連~以前のこと | 13:50 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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以前のこと~日を重ねる・5

全く知らなかった。
様々な事情があったのかもしれないけれど
それはずっと知らさせることもなかった。
その子が自閉症なんて。

ショマを育ててみて、この様子を私はどこかで知っていると思い、
遠く映画や本の中の世界ではない、
私のごく身近に自閉症の人がいたのだとはっきり理解しました。

放課後にその子の家の前を通ると、
素っ頓狂な大きな声が聞こえてくるのです。
その声をなだめるようなお母さんの声が聞こえてくるのが、
家でも学校と変わらないんだなぁと可笑しくて、
お母さんも大変だよねと笑いがこみあげてきました。

中学卒業後は高校に進学したけれども、
ひどいいじめに遭い、家族で県外へ引っ越しをされたと聞きました。
それも真偽のほどは定かではなく、
ても、その話をちらと耳にしたときは、
あの様子ではまぁ学校生活は厳しいだろうと思いながらも、
自分には関係のない話として心の片隅に留める程度の話でした。

自閉症に関する情報が今よりもっと少なかったであろう時代に、
どれほどの苦労を重ねて、
あの子のお母さんは我が子を世間に送り出していたのか。

母親としての思いに我が身を重ねると、
私はなんということをしてしまったのだろうと
自らの残酷な仕打ちへの後ろめたさで胸は苦しくなるのに、
実際に自分の子どもが声をあげて走り回るのを見るのは嫌で嫌でたまらない。
障害児丸出しじゃないかと。
差別とは無縁だと思ってきた私であったはずなのに。

スポーツもして、勉強もして、大人になったら恋もして、人の世の苦楽を知る。
出生時に願ったそんな簡単なことすら叶わないのかと悔しくて。
中学生だったあの日、知識もなくあの子を、
あの子だけでなく周りのご家族のことも心中で嘲笑っていた報いが
今こうしてショマの姿となって眼前に現れてきたのかとさえ思いました。

私は、かつての同級生たちに会う機会があったら、
私の子どもが、クラスにいた奇妙に見えたあの子とそっくりと言えるのだろうか。

言えないかもしれない。

それは、私が自分の子を恥じているからなのだろうと悶々とする日々でした。


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