2008年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年11月

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母の言葉を訳してみました。

※今回のお話には私の母K子とお姑さん二人が登場します。
 姑お母さんは、わかりやすくするためにお義母さんと表記しますね。

自宅へ戻ったお義母さんが、
青森のお母さんにもショマとスズと過ごした二日間について報告したよ~と教えてくれました。

 「青森のお母さんね、大丈夫でしたか?って聞くから、
  大丈夫でしたよ、お母さんも仙台に泊まってくださいねって言ったの(笑)。」


 「……前回のことがあるし、今後は泊まらないでしょう。はっはー。」  

このような会話をお義母さんと私とで電話で交わしました。
大丈夫でしたかってなんだYO! お化け屋敷みたいに言うなYO!と
ちょいと母K子の言葉を腹立たしく思っていたわけです。
大丈夫でしたかという言葉の前には、
(動物がたくさんいる汚い家に泊まって)という言葉が隠されていると推察します。 
小梅を飼ったときにも、怒り狂った母K子としばらく断絶していたのですが
そのときもお義母さんがたいそう心を痛め、仲立ちに入ってくれました。
この夏の真生に関する一連の出来事に対しての母K子の立腹の様は
お義母さんに伝わっていたようです。
私はお義母さんにまた心配をかけると思い、
実家と揉めているという都合の悪さも手伝って、真生のことを最初は言えなかったのです。
そんなときにお義母さんから電話がかかってきて

 「あのね、○子、大丈夫よ。
  親子だから言いたいこと言ってしまうけれど、親子なんだから大丈夫。」
 

と話を振ってきてくれました。
お義母さんは大丈夫と言ってくれているけれど、
まぁ母が猫がいる家に泊まることはないだろなと思っていたのに、思っていたのに…。
今月の22日、23日と仙台にお父さんと泊まるから!と母K子から連絡がありました。
ひいぃぃぃぃ。掃除せな!
なんでも三越友の会の更新があるとかで仙台に用事があったそうです。
最初は一人でバスに乗ってきて日帰りとか言ってたはずだったのに
なぜか父も伴って、めおとで泊まるという。お義母さんの電話効果としか思えん。
お義母さんが来る日よりも、ばりばり掃除しました。
まぁ何したって、この家くっさいとか、きったないと言われるんだろう、虚しいと思いつつ。

ところがいざ仙台にやってきた初老夫婦、とってもご機嫌。
臭いとかきったないとかも言われません。
それはそれでなにかおかしいと勘ぐりを入れてしまう娘の悲しさ。
後でドーンと雷を落とされるのであろうとドキドキドキ…。

              相変わらず男イイって言われちゃった!!       
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アタシももう文句言われないもーん♪

もう竜と小梅に関しては、竜と小梅用に林檎を持参してくれたりといった仲なので無問題。

【問題はあなたたち猫族よね~はぁぁぁ。】 
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なのですが、ニャンズに関しても一向に何も言われない。怖い怖いよ。
何も言われないのも怖いよ~。とドキドキしながら、夕食の時間となりました。
父もビールが進み上機嫌。
上機嫌ついでに、
おっかぁには絶対に言うなと言われていたけど…とある話を教えてくれました。
この夏、ショマスズを乗せて高速道路を走っていた
夫の車のタイヤが外れるという故障がありました。
人を巻き込んだり、大きな事故にはつながらなかったこと、
おっかぁは猫が守ってくれたのかもしれないねって言ってたんだぞと
絶対に言うなって言ったでしょと慌てふためいている母の横で父が教えてくれました。
……もしかして、おっかぁイイ人なのではないだろうか。

父にばらされて母も気が抜けたのか
その後はチビニャンズを何度も覗いて見ていました。
真生にはスリッとされて、猫と身近に触れた経験がないのでびっくりしていたようです。
こんにちは、よろしくニャって意味だよと教えたらまんざらでもなさそうな(笑)。
チビニャンズの写メを親戚に送ったり、
折り重なって寝ているのを見て、こうやって寝るんだ!と興奮した様子でした。
以下、チビニャンズを見ての母の感想です。

 「正直、可愛いか可愛くないかって言われたら可愛いよね…。
  でも、可愛いって言うのは悔しいから
  みったぐないことはないってことにするわ。」

  
  ※みったぐない、は津軽弁で可愛くないの意。

【みったぐないことはないチビニャンズ】  
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【暇つぶしになるから青森に来たら~?と誘われたニャ】 
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【暇つぶししてやってもいいニャ】 
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私、大昔に平家物語の『晴れならずといふことぞなき。』という文で
晴れがましくないことはない、つまり、まこと晴れがましいことであるなぁという意になる、
二重否定は強い肯定を表すと習いました。
母K子の言葉、私版訳 『チビニャンズ、超超~カワエエ♪』。
いや、そうだったのか。そうか。
間に立ってくれたお義母さんと、ひそかに心配してくれていた母さん、
どっちもありがとニャ。

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| 猫関連 | 23:59 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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面影

今月の11日から12日にかけて、一泊二日という慌しい日程ではありましたが
お母さんが仙台に来てくれました。
様々な事情…大半は私が絡む事情で、
夫の実家にも顔を出していなかったので数年ぶりの再会でした。

初日のお昼は一緒に牛タンを食べに行ったり、アウトレットモールに行ったり。
一緒に来てくれた夫の弟家族は温泉旅館に泊まるということだったので
その夜はお母さんだけを我が家に招きました。
夕食をともにして、夜はショマとスズとお母さんとで布団を並べて
川の字で寝てもらうことに。
人が来るとチビッコたち興奮して寝ないんだな~。でも久しぶりなので強制川の字。
翌日、子どもたちすぐ寝ましたかと聞いたら、スズがはなかなか寝ずに
お母さんは延々と『黄金伝説』のデカ盛り伝説のビデオを見せられていた模様です。

2日目に弟夫婦と合流して
みちのく杜の湖畔公園へと遊びに行きました。 
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弟夫婦の子どもは、写真に写っているスズと同じ年の女の子と
3歳の男の子がひとり。
3歳ながらとてもお喋りが上手で、昔話を作って話して聞かせてくれました。
(しかし、オチがウ●コネタに落ち着くところがやはり3歳なのでありました…。)
最初はぎこちない様子の子どもたち、
…というかスズが注目の集まる3歳ちびちゃんに
焦げるほどに焼きもちを焼いていたようですが
公園に来たら、スズも何もかもがどうでもよくなったようで4人で弾けて遊んでいました。

【鯉大好き】 
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水面には色づいた落ち葉がたくさん浮かんでいました。
紫色に色づいている落ち葉もあり、
ショマが『紫色、焼き芋みたいです。』と嬉しそうに触っていました。
夫の弟が私と一緒にその言葉を聞いていたのですが、
いろんなことがわかるようになったんだなぁとポツリと話しかけてくれました。
私が夫と結婚することになって、お父さんの法事で
夫の親戚と顔を合わせる機会がありました。
まだ私も若い時分だったのでカチコチに緊張していたのですが
そのときも緊張がほぐれるように夫の弟が冗談めかしてポツポツと話しかけてくれて
その心遣いがありがたかったのを思い出しました。
あれから何年も経ったんだなぁ、流れ流れてここまできたよ~と
演歌の歌詞に出てくるような感慨に浸った秋の気持ちのよい一日でありました。
お母さんたちともここでお別れ。

後日、お母さんから電話があり
ショマとスズと一緒に寝ることができて嬉しかった、
スズの寝相がとても悪かったことww、
ショマは数年ぶりでも目がキラキラしていた、穏やかだったと教えてくれました。
スズは○子にそっくりねーーー!!と言われました。
ふ、よく言われます。私の幼い頃の完全コピーのような子どもです。

  『ショマとスズもよく似ているけれど…。
   ショマの寝顔を見て、じっと目を見ていたんだけど、
   ああ、目元はウチのお父さんにそっくりだなぁって思って。
   睫毛のあたりがね、すごく似てるの。』


話を聞いて、お母さんがショマの目を静かに見つめている姿が目に浮かぶようでした。
私はお父さんに会ったことはないけれど、思い出の中に、
そしてショマの中にもまだ息づいているんだなと。嫁、胸いっぱいです。

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じ、実はまだ続きが…。こぼれ話のようなものですが後一回の予定です。

これまた余談ですが、最初に鳩の話を書いた後くらいから
家の庭に鳩が現れるようになりました。迷い鳩のようです。

【クルックー】 
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翼がありますので、ずっと我が家に留まっているわけではないのですが
朝にご飯(たぶん庭にわんさといる虫)を我が家で食べてから散歩に行くようです。
足輪の種類も確認してみたのですが、公的な所属団体のものではないようです。
ど、ど、ど、どうしたものか。このままでも大丈夫なのかしらん。
とりあえず、まず鳩を(私が)つかめるようにしたいと思います。

| 自閉症関連 | 23:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お母さんの涙

どうやらデジカメがまた壊れた模様。
シャッターが押せたり、押せなかったり、押せなかったり…涙。さて続きです。

預かり終了時間の午後四時まで
ショマが保育所にいられるようになったのはお盆が明けるころでした。
保育所にいられるようになっても、皆が集まるホールにいるというのがまた難しい。
保育所が近所だったことで、郵便局などに行くときに側を通ることがありました。
午前10時も過ぎて、皆が保育所内で活動を始める時間になっても
園庭でひとり走り廻っているショマを目にしては
どうして、皆がいる場所に一緒にいるという簡単なことが出来ないんだろう…、
自閉症ってなんて難しい、嫌な障害なんだろうと胸が苦しくなりました。

前年までは母子通園施設に通っていて、同じ障害を持つ友達のお母さんと
励ましあってきたので、大変な思いをしているのは自分だけではないと思えていました。
それが保育所に入ってからは、ショマと他の子との違いが目に見える形で
はっきりと提示されて、現実を突きつけられる。
それまでいくつかの療育施設を渡り歩いて
多動という点では常に頭ひとつ抜きん出ていたショマでしたが、
保育所に入ったらば、その違いが際立ちすぎて
この子はどこに行っても異端の者なのだと思いました。
違っていていいなんてまっったく思えなかった。
自閉症といえば、特別な才能があるっていうじゃない?とよく言われたのですが
そんなものいらないよ~~普通、普通、とにかく私が思う『普通』であってほしいの!!
とプンスカしてました。何言われてもプンスカ。
障害に関しての人の言葉を素直に聞ける状態ではなかったです。
助言くれた方、申し訳ないです。

結局、ショマに対する不満とかやりきれなさとか、
いかに自分が毎日大変な思いをしているかという苦労話が蓄積してくるのですが
あまり友達に愚痴を撒き散らすわけにもいかないので
近いところで実家の母にあれやこれやの状況を話すわけです。
でも母と娘って近すぎるのでしょうね、
最後は、でもあなたが生んだ子でしょ、仕方ないね~と言われる。真理です。
ズバッと真理。母だから言える。
私の子、育てていくしかない、つまり闘わなきゃ現実と!…どーんと落ち込む。

並行して、姑、もうひとりのお母さんとも電話でよく話しました。
一応姑ですから、実家の母に話すほどショマのことを辛辣に話すわけではないですが
根気よく私の愚痴を聞いてくれていました。
あるとき、お母さんと新聞のあるコーナーについて話をしたことがありました。
確か、『あのね』というコーナーで、小さな子どもの奇想天外な発想からくる面白発言を
お母さんや、おばあちゃん、おじいちゃんが投稿するといった内容でした。
面白いんですよ、かわいいんですよ子どもの発言。微笑ましい。
でも意地悪でごめんなさいね、ウチの子は一生こんなこと言わないよ、ケッと思う。
でもでも、ショマと同じ年頃の子がどんなことを言うのか気になって見てしまう。
そして、ケッと思うの繰り返しでした。
どうして、そのコーナーの話になったのかは忘れてしまったのですが
たぶん、あのコーナーを読むと心底他の子が羨ましいと思ってしまうとか、
そういう流れでお母さんに打ち明けたのだと思います。

  「私もね読んでるんだけど、あれを読むとね、
   ○子(私)がどんな気持ちで読んでるかなぁって思うの。
   でもね、育てている○子にしたら、こんなこと言われたくない、
   そんなつもりでショマを生んだんじゃないって思うかもしれないけれど、
   私はショマといると、なんていうか…癒されるの。
   目がねキラキラしていて、こちらの心も綺麗になる気がするっていうか…。」


人の言葉を素直に聞けない私でしたから、
障害のある子は純粋だとか、心が美しいとか見たり聞いたりするのも嫌だったころです。
障害のある子は天使だとか、そんなのは奇麗ごとであって幻想、幻想。
それなのに、この言葉を聞いて素直に嬉しかった。
私はショマの目がキラキラ☆しているなんて思ったことはなかったのですが
お母さんとしばらく過ごして、本を読んで読んでとせがむようになった
ショマの目は輝いていたのかしらん…。

障害のある子がいるお宅では嫁の血筋だとか、嫁の育て方だとか
一方に原因を求めるかのような言動をされるお姑さんがたまにいるように思われます。
私の場合、他の子への妬み、羨ましさはどこに向けていいのかわからず心を彷徨い続けて
最後は障害を持って生まれた子どもと、そしてその子どもを生んでしまった、
先天性の障害を持たせてしか生んでやることができなかった、
自分の体への嫌悪に向いていました。
ショマがはっきりと自閉症と診断されたときに、診断を下した先生が
自分の身内を見てごらんなさい、変わった方が一人二人はいるはずですよと言われました。
思い当たる人、私といえば私でもあるし、夫といえば夫のような気もするし…。
私は研究者ではないので自閉症の原因について
身内のあちこちに遡って探し求めてもあまり意味がない。
原因よりも、私たちにはこれからも続いていく時間を、
一日をどう過ごすかの方が大切なんだ。
そう割り切っても自分の中に流れる血への怨嗟というものが
心のどこかでほの暗く灯り続けている状態。
そこへ嫁の血筋の問題と言われたら、精神的に持たなかったと思います。
私は遺伝的なことについてもお母さんに何かを言われるということもなかったし、
ショマが障害のある孫で辛く悲しいといった類のことも言われたことがないのです。
毎日、毎日、お父さんのお仏壇に私たちを守ってくれるように
お願いしているのとだけ聞かされていました。
お父さんの前でだけ、自分の本当の気持ちを打ち明けていたのかなと思います。

お母さんが仙台に遊びに来てくれたときに、
母子通園施設の卒業文集を見せたことがありました。
その時点での私のショマに対する思いをズラズラズラーッと、長文で書き連ねたもの。
お母さんは二階の部屋に持ち込んで寝る前に読んでいたようです。
今年に入って、いつものようにショマやスズの暮らしぶりの報告の電話をしていたとき、
その文集の話になって、はじめて私の前で電話口で泣きました。
あの文を○子があのとき、どんな気持ちで書いたのかなと思うとね、涙が出ちゃってと。
最近は毎日穏やかで落ち着いて楽しく過ごしていますよと告げることができるようになって
常に負の感情へ引っ張られていた私の心も安定してきて
こうして過去も振り返って考えることができるようになった。
遠く離れていて、何もできなくてしてあげられなくてと口癖のように言うお母さん。
私は、まごころに距離なんか関係ないですよとお母さんにいつか伝えたい。

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長文シリーズ、読んでくださってありがとうございます。よろしくお願いします。
本文では入れられなかったのですが、
今の私はショマのおよそ一割~二割は
純粋で生成されているのではないかと思っています。

| 自閉症関連 | 05:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ショマの後ろ姿

またまた続きです。

仙台に一ヶ月ほど滞在した後、お母さんも自宅に戻りました。
ショマは4月から保育所での集団生活をスタートさせていましたが、
最初は、私と一緒に保育所という場所に30分いる、というところからの出発でした。
生後一週間のスズを新生児用の抱っこひもにくくりつけて
今保育所に入ったかと思うと、もうその場所を後にしなければならない。
しばらくして私は付き添わなくてもよいことにはなったものの
ショマの保育所滞在時間は、
亀の歩みのごとく遅々としたペースで延長されるだけなのでした。
お母さん、明日から時間延長しましょう!と言われ、喜んでみるも10分とか。
いつになったら、皆と一緒にお昼ご飯を食べられるんだろう、
いつになったら、皆と布団を並べてお昼寝できるんだろう。
いや10分だって積み重なっていけば60分、60分が重なれば2時間、3時間になる。
ただ、10分から20分になるまでにどれくらいの時間を要するのだろう。
保育所滞在時間延長について思いを巡らせるうちに
まさか保育所に終日いられないまま卒園するのではあるまいな!と
不安と焦りが生まれる。

この保育所は当時の自宅から非常に近いところにあったので
入所の前年、ショマを連れて何度か見学に行きました。
ショマを見てもらって特徴を伝え、
この保育所への入所を希望している旨を伝えたのですが、
どうぞどうぞいらっしゃって下さいネという好感触♪ は
見学の際は得られなかったのです。
もちろん、どうか他のところへ~とはっきりと告げられたわけではなく
あくまで私の受けた印象の範囲でという話です。
が、高いところに上り、すぐにその場からはいなくなる、
保育所にとっては事故につながるリスクの高い
対象の子どもであったことは疑いの余地もなく
応対してくれた方は困惑しているように感じられました。

すでにいくつかの幼稚園に見学に行っては、
どうもショマが通うにはどこも無理っぽいと落胆と悲嘆とを覚え
発達心理相談員の方に、ウチの子はこの年で浪人ですか!?と
よよよと涙ながらに訴えていた時期。
新生児を抱えて通わなければならないこともわかっていたので
どこに行っても困惑されるなら、近場である保育所を選ぶことが
選択肢の中ではベストと思い、結局はこの保育所に応募しました。

私たち夫婦の希望は通り、近所である保育所に通うことが決まりました。
幸い、当時の保育所の主任が障害児保育にとても熱心な方でした。
入所が決まったころ、普段の姿を見たいと所長と主任が
私とショマが通っていた母子通園施設に逆にわざわざ見学に来て、
春から楽しいこといっぱいしようねとショマに話しかけてくれたこと、
あの語りかけがなければ
もやもやとした気持ちを抱えたままの入所だったかもしれません。

入所して、一ヶ月ほどを過ぎたころ、
保育所のバルコニーで工事が始まりました。
保育所の二階のバルコニーには柵があったのですが、
体を滑り込ませようと思えば出来ないこともない、柵の隙間にアクリル板を張って
隙間を埋める工事でした。
入所してしばらくの間、ショマはバルコニーにあるプールを目指して
一目散に駆けていくのが日課になっていたので
落下防止のための工事だったのだと、私は思っています。
先生たちは皆、一様にショマ君のためだけでは…と否定していたけれど…。

また、保育所に植えられている多種多様な木の中に梅の木がありました。
梅の花が終わり、青梅が実をつける頃、地面にいくつか落ちるんですね。
その青梅を先生が拾い上げて、
ほらショマ君、梅の実だよ~と見せてくれたことがあったのです。
私もそばに居合わせたのですが、私と先生の目の前で、
目の前だっけけれど目にも留まらぬ早業で、
バックリとショマは口に入れてしまいました。
青梅には毒性があると言われていますから、先生が慌てに慌てて
ショマの口に手を突っ込んで吐き出させました。
しばらくして、アレッ梅の木ないなぁと気付いたのですが、
その梅の木が伐採の憂き目に会っていたことを知りました。
ショマ君のせいでは…とこれまた先生たちは否定していたけれど…。
多分、バルコニーの工事、梅の木の伐採、両措置とも
ショマの行動が引き金になっていたことは間違いない!と私は自信を持っております。

ショマのためにここまでしてもらって、心底ありがたいという気持ちと
ここまでしてもらわなければ、保育所という場所にいられないのかという肩身の狭さと。
加えて、早く保育所に馴染んでほしいのに滞在時間が一向に延びない焦り。
先生の顔と親の顔との区別がついているのかもわからないショマ。
ポラロイドで先生や私たち夫婦の顔や、保育所の様々な場所を撮影して
マジックで写真の余白に、パパ、ママ、○○先生、所長先生、主任先生、○○の教室と
書き込んで、これがママ、パパ、○○先生と教えました。
先生たちもゆっくり保育所に馴染んでほしいと
一歩一歩スモールステップを踏んでいるのだから、
私も出来るところから少しずつ進もうと決意しました。

最初はね、この決意は揺るがないと思うのです。
この世に生まれて、たった三年ほどの他の子どもたちが
あれこれと上手にこなしていくのを見るにつけ、
自分たちの立ち位置の違いを
まざまざと知らされているような気がしてあっという間に揺らぐ。
揺れすぎて、ぐらついて、こんなことして意味あるんだろかと疑問に思い、不貞腐れる。
自分の気持ちの揺れを心の中で折り合いをつけて過ごすのでいっぱいいっぱいで
慣れない保育所で不安や混乱の中で過ごしていたであろう
ショマの気持ちの揺らぎを汲み取ってやるというところまでは、とても思い至りませんでした。
ポラロイドや絵カードでいろいろ覚えて!と、一緒に楽しむでもなく、
私が焦るように詰め込むように教えていたことは彼にとっては負担も大きかったと思います。
カード学習の後は静かに何時間もパズルに没頭していました。
心落ち着かせる時間はこのときだけというように、誰であっても寄せ付けない。
普段の落ち着きのない姿とは違う、静謐な空気を漂わせていたあの後ろ姿を思い出すと
涙が滲んできます。お母さんは自分のことばかりだったね。
ごめんねと謝りたい。あの頃のショマは声をかけても振り向いてくれないと思うけれど。

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ありがとうございます。よろしくお願いします。
ふ、また終われませんでした。

| 自閉症関連 | 04:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ショマスズと私とお母さんと

前回の続きです。

つくばワンワンランドからやってきた子犬が、大暴れ時代を経て、
1歳2ヶ月になろうとしている頃、ショマが生まれました。
ショマが生まれた年は冷え込みが厳しく雪も比較的多い年でした。
姑―お母さんが大雪の中、生後10日ほどになった
ショマに青森まで会いに来てくれました。

【まだ赤子なもので、おもてなしも出来ずかたじけない。】 
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もともとお母さんは子どもが好きな人でしたし、ショマの誕生をとても喜んでくれました。
生後10ヶ月ほどでなにかおかしいと思いながら、
やはり遅れがあるとわかったのが1歳6ヶ月検診時。
その後、ただ遅いのではなく、
障害と名がつくほどの遅れと判定されたのが2歳のときです。
姉から電話がかかってきて、ワーワー泣きながら診断の結果を伝えたのは覚えています。
お母さんには電話で伝えたと思うのですが、
どういう風に伝えたのかまったく覚えていません。
だから、お母さんがどの程度までショマの状態を理解して
そのとき、私にどんな言葉をかけてくれたのかもよくわからないのです。
その後、発達障害に関する資料をコピーしてお母さんにたくさん送りました。
専門用語の多い資料で、該当する子どもが目の前にいる私でも
読んでもさっぱりわからねぇ状態でしたが、お母さんは熱心に読み込んでいたようです。

まもなく私にも二人目の子どもが生まれることになりました。
予定日は春4月で、ちょうどショマが保育所に入所することになっていた春でした。
実家に戻って出産していては、保育所に連れていくのが遅くなってしまう。
生んで動けるようになったらすぐに、
私がショマを保育所に連れていく体勢にしたいと思っていました。
その体勢に持っていくには仙台で出産だ! 
お手伝いに来てくれるのは実家の母K子です。
ところが、ところがですね、出産目前・予定日目前に、母青森に泣きながら帰る、です。
夫と―夫といっても、私の夫―と大喧嘩したのです。
原因は些細なことだったと思うのですが、突然夫の目の色がキラリと変わり
母に対しキレたのです。
キレておし黙って2階に駆け上っていじけるとか、
かわいらしいものならよかったのですが…。
YOU、腹が立っても年長者を怒鳴りつけるのはイクないな!という有様になったのでした。
母、はじめて男の人(しかも娘婿)に怒鳴られた、傷ついた、
ウワーッと大泣きしてそのまま青森に帰ってしまいました。
待って~~赤ちゃん生まれるんだけど~。

母と夫、どちらが悪いかといえば、どっちも悪かったな、うんと思うのです。
たださ、私とショマはどうなるのよ、もう次の子生まれっちゃうわ! とも思うのですよ。
青森に帰った母は腹が立って悲しくて、すぐに夫のお母さんに電話をしたのでしょう。
一体その電話で母が向こうのお母さんに何を言ったのか想像するだに恐ろしいだに。
まもなく姑から電話がかかってきて、ごめんね、私が行くからと言ってくれて
翌日すぐに仙台に来てくれました。このときお母さんは体調がよくなかった時期でした。
それに加え、息子と、私の母との大喧嘩にたいそう心を痛めていました。
さらに私がいない間のショマの扱いも覚えてもらわなければならないし、
ゴミ出しのルールや、買い物の場所も覚えてもらわなければいけません。
いつも三越目的で来仙している母K子が自然に覚えてしまった仙台ルールも
短期間で覚えなければならず大変だったと思います。
出産して戻ってきた後、やはり気が抜けたのか数日床に伏せってしまいました。

それでも、お母さんとショマと新しく誕生したスズと過ごしたこの時期は
(お母さんには諸々の心配ごとがあったと思うのですが)
とても優しい静かな時間が流れていたように思います。
たらいにお湯を張って、スズをガーゼダオルにくるんで
お母さんと二人であーだこーだ言いながら洗いました。
ショマはお母さんに『えをかくゴリラのおはなし』と『おばけのてんぷら』という絵本を
しつこくせがんで読んでもらっていました。

この時期のショマのやること―
高いところに登る、落ち着きなく走り回る、パニック、
本を読めば私の手を掴んで指をささせる、いわゆるクレーン現象、
障害に起因していると思われる彼の行動が私は嫌で嫌でたまりませんでした。
反面、お母さんはショマの行動はこういう意味かしら?
ショマはこう言いたいのかもしれないね、といつも予想して好意的に見ていました。
いやいや、お母さん、別に意味なんてないですよ、
この行動は障害によるものでしょう、お母さん資料読んでるはずなのになと
密かに心に思う私。

でも今になって思うのです。
ショマ、お前幸せな子だなと。
彼の困った行動の中に、私は彼の良さとか行動の意味を見出すことはできませんでした。
でもずっとずっと君のよいところを見ようとしてくれていた人がいるんだよ。
それってすごく幸せなことだよね。

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ありがとうございます。よろしくお願いします。
ごめんなさい、まだ続きます。
全部終わったらコメント欄あれますね、…素でタイプミス、開けますね。

※夫と母K子はその後、和解して和気藹々と仲良くやっています。
 腹に据えかねることがあっても、目の色は変えないように夫にも言ってあります。

| 自閉症関連 | 17:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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もうひとりのお父さん

今月の11日から12日にかけて、夫の田舎から、夫の母つまり私にとっては姑と、
夫の弟夫婦と、弟夫婦の子ども二人が仙台に遊びに来てくれました。
結婚してから出来た私のもう一方のお父さんとお母さんについて
過去の話もまじえながら書いてみたいと思います。

私の夫、ここでは釣り好きとして登場することの多い人ですが、
夫は三人男兄弟の真ん中として生まれました。
夫の父は、夫が高校生のときに不幸な事故で亡くなっています。
それは不幸としか言いようのない事故で、
まだ40代半ばを過ぎた働き盛りのときだったといいます。
夫は三人兄弟の中でも、自分がお父さんに最も可愛がられていたと
自慢のように話してくれるのですが、その大好きなお父さんを突然に失ったことは、
いまだに夫の精神状態に暗い影を投げかけているように私には思えるのです。
私にはただ話を聞くことくらいしかできないのですが、
夫の記憶語りの中に現れる『お父さん』は私の理想のお父さんになりつつもあります。

お酒が好きで朗らかな人だったこと、会社では駄目人間だったと思うよ~
などとも夫は言うのですが、とても優しい大きな存在の人だったようです。
私の好きなエピソードに『鳩に賛美歌』があります。
夫が中学生のときに、友人の一家が何らかの事情で夜逃げ同然にいなくなり
家にはその一家が飼っていた鳩だけが残され…という状態だったことがあったそうです。
少年であった夫はとにかく鳩を助けたいと奮闘した、
ところがすでに伝染病に罹患していたらしい鳩は
緑の液体を口から出して死んでしまったそうです。
夫は自分のせいだと思い、自分を責めて号泣したそうな。
号泣する息子の姿を見て、お父さんが一緒に鳩を埋葬して、
埋葬した後に、お墓の前で賛美歌を歌って鳩を弔ったと聞きました。
前に聞いた話でしたが、私が真生を保護したときに再度夫が教えてくれました。
自分のお父さんのしてくれたことを思っても、猫を連れ帰ってきては駄目なんて
ショマスズの前ではとても言えないと。
あ、こう書くとめちゃめちゃ夫だけがいい人みたい…。
夫は鳩事件の後、幼馴染の女の子に鳩が死んだのはお前のせいじゃないのかと言われ、
さらにその後、いっさい、その女の子と口をきいていないそうです。
お父さんの話は素敵だけど、
パパちゃんは心せっまいな!と話したことも付け加えておきます。

姑―お母さんにとっては、お父さんは初恋が実って結婚した人なのだそうです。
手紙でやりとりしながら恋を育ててきたこと、
書簡は今でも大事に取っておいてあること、
お父さんとの思い出を大切な宝物のように語るお母さんはいつでもとても嬉しそうです。
お母さんは、お父さんを失ってから会社勤めをはじめ、定年まで勤めあげ、
三人の男の子を社会に出すまでに育てあげました。
お母さんは苦労を多く語る人ではありませんが、食べ盛り、伸び盛りの男子三人を育てる、
並み大抵なことではなかったと思います。
お父さんが亡くなった日は、家族で夫に関するお祝い事をしようとしていた日で
手巻き寿司をみんなで楽しむ用意をしてお父さんの帰りを待っていたそうです。
いまだに手巻き寿司だけは家でやろうという気にならないという、
お母さんや夫の気持ち、喪失感。
大切な人をまだ失ったことのない私に
どこまでその気持ちがわかっているだろうかと思います。
でも手巻き寿司はこの家でもやることはないかな。

お母さんが大事に育てた三人の息子のうち、次男坊に嫁いだのが私であります!
お母さんが結婚前に、はるか彼方青森の私の実家に挨拶に来てくれたときには
眠気に耐え切れずお母さんの前で横になって居眠りをしました。
また、正月にはじめて夫の実家に帰ったときには、出かけた先のつくばワンワンランドから
大きめの子犬を突然連れ帰ってくるという嫁でありました。
嫌味のひとつでも言ったろうという気になってもおかしくないはずですが
息子の選んだ人だからというお母さんの広い心のもとに、私、ただの一度も怒られたことも
嫌味のひとつも言われたことのない幸せな嫁です。

これからショマの学校の避難訓練に参加のため、今日はここまでにしますね。
大きめの子犬の写真をスキャンしました。 
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夫の実家にて撮影。連れ帰ってきた日の写真です。この後雪の青森へ移動。
今見るとあまりかわいくないんだな。でもなぜかひと目惚れだったんだな。
それがもう12年のお付き合い。

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ちょっとー、更新しないうちに大きくなってきちゃったじゃないのよ~!な、めごひめです。 

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ボクなんて…更新しないうちに顔がでかくなったって言われるんだじぇ!な、さまのすけです。

| 自閉症関連 | 11:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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お土産いっぱいにしよう。

今月のはじめ、『丸芭呂具。』の沢さんから、ドッグランに行かない?とお誘いを受けました。
行きたい! 行きたいのはやまやまなのですが
ちょうど牛乳屋のケンさんに二ヶ月分の牛乳代を払った直後で
お財布の中にも秋風が吹いていたときのことでした。
そのような涼しい財政事情を話したなら、ではやっすいところに行こうと提案してくれました。

せっかくならということで、友人のSさんと柴犬みかんちゃんも誘いました。
私の運転で、助手席に沢さん、二列目にSさん、ゴゴ君、クーちゃん、みかん、
後部座席に竜と小梅を乗せてのドライブ。
重いです。持ち上げたわけではないですが、ボロ車なので坂をのぼりません。 

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到着した場所は仙台市の泉ヶ岳スキー場。
スキー場の横に柵で覆われた場所があり、ドッグランになっているのです。
気になる料金は…200円。にひゃくえん??!!!
料金箱が置いてある無人野菜販売所方式です。
お財布が寂しくてもこれならなんとか払えます。ちゃりんとシルバー硬貨を2枚投入していざ! 

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ドッグラン初体験のみかん、すごく足が速いのです。
黒ラブのクーちゃんはボール遊びを、小梅は草食べを頑張りました。
竜も休み休み走り、そのそばをぴったりゴゴ君が付き添うといった形でした。
ゴゴ君たちと遊び出した頃は、お互いの関係はぎこちないものでしたが
ゴゴ君がなぜか竜のことを好きになってくれて、いつもぴったりくっついてくれます。
ゴゴ君は大きい犬が好みだそうで、いつも集まるメンバーの中では
竜が恋のツボに入るらしいです。
さらに毛が長くて、色が黒なら、恋のストライクゾーンど真ん中なのだそうです。
つまりフラットコーテッドレトリーバーなら最高とのことですが、
長く生きてきた竜といえど、さすがに種類までは変えられません。ごめんね、ゴゴ君。
※この後、被毛の美しきゴールデン君がやってきて、
 竜はいっときゴゴ君に忘れられました…。

ひとしきりドッグランで遊び、周辺の散歩へ。 
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この古民家風の家はなんだったかしら…。
ショマが保育所の年少さんのとき、初遠足が泉ヶ岳でした。
この古民家の周りをショマを追いかけてぐるぐる走ったような気がします。
気がします、じゃないな~、リフトの上から下までも走りましたと断言。 

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小川には誰が冷やしたか麦茶。
人間の私たちも喉が渇いていたので、文字通り喉から手が出るほど欲しいこの麦茶。
よ~く冷えているようでした^^

一緒に写真を撮る機会もないだろうからと沢さんが
私と竜と小梅のスリーショットを撮ってくれました。 
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これが一番よく撮れていたかな。
他の写真は小川に引きずられまいとする人間の格闘の様子が写しだされていました。

天気にも恵まれ、気持ちのいい一日を過ごすことができました。
今週の13日、竜は12歳になりました。
いつも沢さんが竜のために楽しい刺激を与えようと企画を考えてくれて、
心からありがたくうれしく思います。
今日もね楽しかったね。また冥土に持っていく楽しいお土産が増えたね、と
竜に話しかけながら、沢さんにお礼を言うのですが
これからの犬生もたくさんたくさんの楽しい思い出を抱えてほしい。
願わくは、これからも一層元気で! 竜ちゃん、ずっと一緒だぜよ。

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一昨日もお土産増やしちゃった!!

| 犬関連 | 05:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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黒でも鯉は鯉~♪

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秋まつりを楽しんだ後に、みんなで『輪王寺』というお寺に行きました。
輪王寺には伊達政宗と愛姫の息子さんのお墓や
愛姫の生母のお墓があるのです。

【まっ、ちゃんと手を合わせてきたのかしら…】 
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い、いえ…前にショマと来たときには、手を合わせたのですが
今回はお墓参りとは違う目的で訪れたので…。
(※めごが寝ているベッド、『ニクキュウふがふが…』のガブリエルさんから
 頂戴しました。ガブリエルさん、ありがとうございました。猫ベッド三つも!!)

今回、お寺を訪れたのは魚の鯉を見るという目的でした。
スズが最近、魚には鯉というものがいると知ったのですが
色の美しい錦鯉はお値段が高くていいけれど、色の黒い鯉はだめだめだと
鯉を色差別するのです。
そんなことないよ、黒い鯉だってかわいいよ!と言っても信じないので
では、たくさんの鯉がいる輪王寺へ食パンを持って見に行こうと相成ったわけです。
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スズ、見なさい、これがお値段のたか…あ、いや色の美しい錦鯉。 
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ショマはどうも毛の生えていない生物のほうが好みのようで
鯉もそうですが、この時期あちこちに住みかを作っている
女郎蜘蛛をむんずとつかんで、私の手の平に連れてきてしまうので困っています。
この日も寺のあちこちの女郎蜘蛛がショマの手によって、
蜘蛛の巣から引きずりおろされました。
ちなみにスズは最近タランチュラという生物がいることも知ったので
ショマがいつか蜘蛛の毒にやられてしまうと心配しています。
今のところショマは元気です。
いつも蜘蛛を手の平に載せられる私のほうが持たないかもです。 

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色の美しい鯉も、黒い鯉も入り乱れていますが子どもたちに大人気。
持参した食パンもあっという間になくなってしまいました。 
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見てください、この生命力溢れる黒い鯉を!
…特にオチもないのですが、スズも特に黒はいやっということもなく、
錦鯉・黒鯉ともに食パンをあげて楽しんでいたので、
それでよいということにしようと思いました。
でもなんでしょう、錦鯉を見てもおいしそうだなーっとは思わないのですが
色の黒い鯉を見ると、昔食べて美味しかったことを思い出してしまいます…。
叔父の一人が板前で、正月やお盆に鯉を持ってきて、大きな水槽に離し
子どもの私たちにつかみ取りさせてから料理をしてくれたんですね。
…それがすごくすごく楽しかったんです。黒い鯉ごめんなさい。

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秋まつりの書


去る9月27日、ショマの学校で毎年恒例のPTA行事の秋まつりがありました。
ショマは毎年、この行事を楽しみにしていて
この日記でも秋まつりの記述は三回目くらいになるかと思います。

今年は友人のMちゃん一家も誘いました。
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Mちゃん宅のT君と。
T君はスズのクラスメートでもありますが、ショマとあっつあつです。アチチ。
毎年秋まつりを楽しみにしすぎてショマも不安定になることがあるのですが
今年はT君を案内する役割に使命感を持ったのか、落ち着いて行動できました。

話が逸れてしまいますが、T君はなかなかのブログ通で
いろいろなブログを楽しんで読んでいるとのこと。
私の日記も読んでいてくれて、自分でもブログを作る!と
まだネット上で公開はしていませんが、ワードで作った日記を見せてくれることがあります。
数年前にショマと出かけた話なども細かく記述してあって、おばちゃんびっくり。
小梅ちゃんが騒がしかったとか書いてあることも。
ネット上で将来公開されることがあったら、赤裸々すぎておばちゃん恥ずかしいな~。
今後、この日出かけた秋まつりについても何か書いてくれるかもしれません。

毎年飲んで食べて帰ってくる秋まつりですが
今年は例年と違う遊びのコーナーがありました。

【プールに停泊中のカヌー】
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【チビッコ満載のボート】
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【水上ですれ違うショマスズブラザーズ】
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聞いた話では、学校にカヌーを教えている先生がいるらしく、
それで実現した企画ではないかということでした。
大学生らしきお兄さん、お姉さんの補助がついてプールで
カヌー&ボート体験をすることができました。これは新しい!
怖がると思ったスズが意外にも夢中になりました。
前にドラマで見たボートを漕ぐ速水もこみち君のよう!  いや、それはナイナイ。
こうしてカヌー体験まですることができ、秋まつりを今年も楽しむことができました。

今年は秋まつりに関して嬉しかったことがもうひとつ。
竜と小梅に紹介してもらいましょう。
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もうちょっと近くで…。
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今年の秋まつりのポスターなのですが、題字にショマが書いた字が採用されました。
どういう経緯で採用されたのかというと…実は私はまったくわからないのですが
採用してくれた見知らぬ委員の方、ありがとうございました。
夏休みが明けて間もなく、ポスターが貼られたスクールバスが運行していました。
これ、私の息子が書いたのですよ~ぜひ楽しい秋まつりにお越しくださいね♪
通勤途中の方を(心の中で)引き止めて呼びかけてみました。
残念ながらバスの停車中しかはっきりとポスターが見えないので
じっと見つめているのは私だけのようなものですが…。

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よわよわとした線だけれど、一本一本が組み合わさって文字となって言葉になる。
先生に教えてもらいながら書いたのかな。「ま」はやっぱり難しいね。
実はこれも掛け軸仕立てを依頼しようか…と考えている次第です。わざわざ!

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※「カンタとハンナ」のかんはんさんが保護されたキジトラの子猫ちゃん、
 無事に優しい里親さんが決まったそうです^^
 こちらで知って見に行ってくださった方にお礼申し上げます。ありがとうございました。

| 自閉症関連 | 07:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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親ばか孫ばかコラボ掛け軸

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おはようございます。めごです。
めごは東北を代表する姫様から名を借りていますが
関西方面にとてもかわいいキジトラ模様の姫がいることを昨日知りました。
世間はめごが思っているより広いです。
では関西の姫様の写真を見てみましょう。 

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※ブログ『カンタとハンナ』のかんはんさんが子猫の里親さん募集中です。
下の写真、左のかわいいキジトラの女の子です。
いわずと知れた人気ブログ、すでに目を通されている方も多いと思いますが
あまりにも可愛らしいのでこちらでも掲載してみました。
早く里親さんが決まるといいなぁと思っています。

さて、話題変わりまして、週刊ポスト風の文体で問いかけてみたいと思います。

  【諸兄は『表装』という趣味をご存知か?】

すみません、ポスト風の文体一度使ってみたかったのです…。
表装(ひょうそう)という言葉、知っていますでしょうか。
私は大人になるまで恥ずかしながら知らなかったのですが、
知ったきっかけは、この『表装』を母が趣味とするようになったことからでした。
表装についてうまく説明できないので、広辞苑から意味を引用しますね。

  表装…表具(ひょうぐ)に同じ。
    布または紙を貼って、巻物・掛物・書画帖・屏風・襖などに作り上げること。


だそうです。実際の作品もご覧ください。えい。

【母K子・カルチャーセンターにて真生命名掛け軸を作る】
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実際はもちろん、真生のためにではございません…。
ショマスズブラザーズ命名の折り、親戚のおじさんが半紙に名をしたためてくれたものを
母が掛け軸に仕立ててくれたものです。
このような書のほか、気に入った絵画や、絵入りの手ぬぐいなど
次々とカルチャーセンターにて掛け軸に仕立てています。
母はこの趣味を生きがいとしているようで、カルチャーセンターのある週は仙台に来ません。
ついでに言うとカルチャーセンターの先生が素敵らしいです。母60代にして燃ゆる。

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ここに一本の掛け軸があります。
この春、母に作っておきなされと私が頼んで出来上がってきたものです。
鑑定団等に出してもそんなに高額鑑定にはならないと思うのですが、
親の心情的には、ばあちゃんいい仕事してますね~♪な一品です。

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うーん、ただでっかいんだよな~
今後飾ることはたぶんないだろな~という一品でございます。
(※スズ入学式の際にくす玉に入っていたお祝いの言葉を
 掛け軸に仕立てました。わざわざ!)

| 自閉症関連 | 10:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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そこは苦しくはないのかい

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さまのすけです。この家の子どもと犬のおじちゃん、おばちゃんといっぱいあそびました。
すこしつかれました。おやすみなさい。 

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めごひめです。めごもつかれもうした。おやすみなさい。 

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ねているのに、すこしつかれる気がするのはどうしてだろう。おやすみなさいzzz

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| 猫関連 | 23:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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はじめてシネマ

先日はおよそ自閉症や動物とは関係ないケンさんとの話でした。
いろいろ書きたいことがたまってきました。
何にしようか、言葉遊びをしながら考えてみたいと思います。
ケンさんのところで終わったから数字を遡ってつないでみよう。
…ケンサン、ケンニ、ケンイチ…。ケンイチ!? 松山ケンイチ!?

人気俳優の松山ケンイチさんが
私の実家の裏の農道で映画ロケをしていたと聞きました。
あの竜と歩いた農道で…大蛇が出る農道で…赤いチャリンコをこいでいたということです。
青森を舞台にして、出演者のほぼ全員が津軽弁を話す映画だということ。
松山さんは青森県出身ですが、
私の母の故郷下北出身なので津軽弁とは少し違う訛りのはず。
役者さんも言葉を覚えたり大変な仕事だと思います。農道、大蛇出るし…。
夫から「ママ! 通行止めだよ! スターがロケだよ!」と興奮気味に電話があり
青森に住む姉も子どもたちとロケを実家から眺めたと聞きました。
いやぁ、スタァを見たことがない田舎の人の大騒ぎ感たっぷりでした。恥ずかしいなぁぁ。
…私も行きたかったです。

私が劇場ではじめて見た映画は、小学校四年生ごろ?、
真田広之さんと薬師丸ひろ子さん共演の『里見八犬伝』と
同時上映でジャッキー・チェンの『カンニングモンキー天中拳』だったと思います。
ここから私のジャッキー熱がしばらく続きました。
天中拳ってジャッキーの映画の中ではおもろくないほうで
ジャッキーはおかっぱのようなもっさりした前頭部に
後ろには長い三つ編みがついた髪型でした。あまりかっこよくはなかった。今思うと。
けれども今まで知ることのなかった香港映画の何かがツボに入ったのだと思います。
当時、何でもいいから好きなことを勉強して毎日提出するという
課題が学校から出されていたのですが
毎日、ジャッキーの住む街『香港』について調べ、
調べというか大辞典丸写しで提出して、ジャッキーにまた近づいたと悦に入っていました。
一方、里見八犬伝にもハマり、図書室で子ども向けに訳された原作も読み
英語の曲をかぶせてあった真田さんと薬師丸さんのラブシーン
を思い出してはポッとなっていたものです。

長々と思い出を書いてしまいましたが、
先日スズがクラスの校外学習ではじめての映画鑑賞体験をしました。
はじめての映画、私のときはずいぶんと影響を受けたなと思い出し、
スズにとっても、はじめての映画体験が楽しいものになるといいなと思いました。
記念すべきスズ初シネマは『パコと魔法の絵本』。
事前に当日の計画を立て、映画の調べ学習もパソコンで行ったと聞きましたので
たぶんスズもこの映画のホームページを見たことと思います。
映画館は以前に家族ボウリング大会を行ったコロナワールド。
学校からはけっこうな距離ですが、行きはジャンボタクシーで
帰りはバスを乗り継いで帰ってくることになりました。

映画鑑賞のあとに、施設内の100円回転寿司でお昼ご飯。
これも何を食べるか事前に計画して、
お昼ご飯でスズが組んだ予算はおよそ500円だと先生から聞きました。
絶対に500円では足りない、スズの予算設定は甘いと思いました。
とにかく外食好きっ子で、スズ的には校外学習のハイライトは映画より、寿司であるはず!
最近は誰はばかることなく
お母さんの作ったご飯より、お外のご飯おいしーよね!と
元気いっぱいに宣言するようになった子が五皿で足りるとは到底思えません。
先生にもたぶん予算オーバーは確実ですと伝えておきました。

朝早くから出かけて、学校に戻ってきたのが15時過ぎでした。
予想通り、寿司は予算オーバーの900円。クラスで一番食べたそうです。
まさか先生の前でも、やっぱりお母さんのご飯よりおいしー!と言っているのでは…。
言っている気が今、ものすごくしてきまた。
学校に到着して、施設が遠かったこともあり疲れもみえましたが
当日の感想を尋ねてみました。

 『お母さんもパパちゃんと行ってきたら? ボウリングもしてきたらいいんじゃない?』

とお母さんはまだこの映画見たことないよね? 知らないよね?というような大人びた、
少し得意げな口調がおかしかったです。
来月は行くよ、お母さんも。金城君の映画『レッドクリフ』に…。しかも何回も行く予定。

映画の内容、ストーリー自体はスズにはよくわからなかったのかなと思います。
かわいい女の子のパコが出てきたとは教えてくれました。
以下、松山ケンイチさん来青について姉と電話で語りあったときの会話です。

 「映画っちゃ、スズもパコと魔法の絵本見できたね~。」
 
 「なんが、おもへぇそんだ(※面白い)クラスだな。」
 
 「んだっきゃ。昼に寿司づきだ。映画の話自体はよぐわがんねがったみてぇ。
  だばって(※けれど)、パコよりお母さんの方めんけぇ(※可愛い)って
  しゃべったった(※喋っていたよ♪)。」

 
 「そいだば、ほんとになんもわがってねぇっちゅうことだべな…。」

姉ちゃん、私と同じ顔で何を言う。
  

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| 自閉症関連 | 18:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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言い出せないこと

今日の午後、牛乳屋のケンさんが家を訪ねてきたのです。
ケンさん、この日記では二年ぶりの登場です。
月々わずか2000円ばかりの購入ですが、細々とケンさんとの関係は続いています。
牛乳と月に一度の集金でつながっているだけの関係ですが
スズが牛の乳ラーで配達日火曜・金曜を心待ちにしていることもあり
これからも良好な関係を築いていきたいと思っています。

今日の来訪の目的も集金でした。
いつもなら、バンと財布から2000円を出して支払っているのですが
養う家族が増えたこともあり、今月の私は違います。
封筒に前もって牛乳代2000円用意しておいたのです。
こうして前もって出ていくお金を用意しておくと、後で足りない!ってことはないですものね。
たまにこのように主婦らしい家計管理に目覚めるのですが、長続きしたことはありません。

そういえば、ケンさんに猫が家にいるってまだ教えてなかったなーと気付きました。
今後のお喋りの話題にもなるし、今日はその話で盛り上がろうかしら…と思いながら
2000円を封筒から差し出したのです。
ところが、今日はケンさんのほうから話題を振ってきたのです。
なんか、いつも家にいないときに来てしまってとか…なんとかかんとか…。

いやだなぁ、私いっつも家にいますよ~。
とにこやかに答えたのですが、どうも話が噛み合わない。
はっは、8月分の集金払い忘れてました。
はっは、今月牛乳2ヶ月分4000円の支払い…。
2000円とはいえ、封筒外の思わぬ出費にうろたえました。
8月分を払い忘れていたことさえ気付かなくて、
悪いのは私なのですが、お金のことだけに
ケンさんがとても言いにくそうにしていたので申し訳なかったです。

私も、でもケンさんに言えないことがひとつあって。
言いにくいなぁ~と思いながら、数年。
以前の日記に書いた壊れた牛乳箱、ついに外れていた蓋部分は
強風に飛ばされ壊れてなくなってしまいました。
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そろそろ箱取り替えて…といつ私が言えるか、記録に挑戦! 
その前にケンさんが気付くか!
たぶん気付かないだろうなぁ。二年を経ても似たものの雰囲気を感じるケンさんです。
牛乳箱記録の結果はこの日記が続いていたらまた二年後にでも…。

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