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私自身のこと―SAD

スズに習い事かぁ…。

*******************
と、前置きがすっごく短いですが、ここから私自身の話になります^^;
しばし(…長くなったらごめんなさい)お付き合いいただけると嬉しいです。

コメント欄で前に触れた話かもしれません。
今のスズよりもう少し小さいころ―小学1年生くらいのときだったと思います、
私もエレクトーン教室に通うことになりました。

最初に習ったのが

 ミレド ミレド ドド レレ ミレド

という音階の曲で(曲名忘れた!)、先生は繰り返し教えてくださったのですが
どうしても指が動かない。
ミ・レ・ド ミ・…頭ではわかっているのだけど指は動かない。
次第に先生の醸し出す雰囲気が冷淡になってきているのがわかりました。 
そうなるとますます焦る

子どものころの感覚なので、どれくらいお教室に通っていたのか
よくわからないところもあるのですが、
けっこうな短い期間だったと思います。1ヶ月くらいかな~。
ある朝、小学校に行く前に教室の先生から電話がかかってきて
このまま習っていても上達は望めそうにない…というような話が
母から私に伝えられました。

お母さん、そのまま伝えないでおくれよ~と今は思うのですが(笑)、
悲しくなってしまって、布団の中ならもうやめると返事をしました。

大人が求めているものと、自分の出すことのできる能力の噛み合わなさを
小さいころは常に感じていたように思います。
それは今でこそ、こうしてそのとき感じていた思いを言葉で表現できるけれども、
子どもだったそのときは、
私は何をしてもとろい、大人から嫌がられる、単純にそう感じていました。

****************
時は流れまして中学生…のときにも
今につながってくる話があるのですが、その話はまた別の機会にしまして^^
私が高校生のときの話です。

友人にも恵まれて楽しい高校時代だったのですが、
ある日突然大勢の人の前で話というか、
発表したりすることがまったくできなくなりました。

たとえば、先生にあてられて
その場で起立をして国語や英語の教科書を読むとき。
高校の教科書に載っていた寺山修司の短歌、

 マッチ擦るつかの間海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

この三十一文字をみんなの前で読むとして

 (次の音を口からひねり出すまでに数分) ッ
 (全てひねり出すまでにあまり時間がかかるので中略)やゃゃ

ひどい動悸がして、顔も真っ赤っかになってしまって
声を出そうとしても震えてしまって音にならない。
このおかしな状態に陥った自分を教室のみんなが見ている! と思うと
ますます動悸と震えが激しくなる。

今まで朗読はそこそこできると思っていたのに…なんでこんなことに
また学校という場所ですから、
ぽんぽんぽんと発表などの順番が回ってくるとそこから逃げられない。
もうすぐ自分の番と思うだけで顔が火照り、動悸が激しくなってきて倒れそうでした。

私、どうしてしまったんだろう…と思いながらまた時が巡って大学生。
学費を払っているんだから教員免許は絶対取れ! という父母の指示があり、
でも教育実習をこなす自信がとてもない…と言い出せず。
でもでも、教育実習で生徒の前に立つ自分を想像しただけで卒倒しそう。
何度考えても自分には無理だ。出来そうにない。…そうにないじゃなく、出来ない。
学校側に教職課程を途中で辞めることを申請に行きました。

父母、特に母の怒らいで~か。
まあ普通に考えて、教職の勉強は? と訊ねて 
やめた!! と予想もしなかった答えが返ってきたら怒るだろうと(笑)
だって私、人前に立つと緊張しちゃうんだもん…と母にしてみたら
子どもの言い訳みたいな理由が畳みかけるように戻ってきたことにもうカンカンで

就職で、ようやっと学科的な試験を通っても面接でことごとく落ちる。

父の縁故で入った会社でも、
事務仕事ができなくて、先輩によく呆れられました。
自分で何がわからないのか把握できず、
何をどう教えてもらっていいのかがわからないのです。
聞こうと思うと緊張でドキドキしてしまってますます聞けない^^;
同じころ、今の夫と会社で知りあいました。
もう事務仕事はほとんどまわってこなくなって、お茶出しばかりしていて
それすら気が利かないとしょっちゅう叱られているのを夫は見ていましたから
なんだか君はいつもオドオドしているなぁとよく言われました(笑)

**************************
SADという病気があると知ったのはのはほんの数年前です。
新聞を読んでいてSADの記事を見つけ、高校生のときの自分だ! と思いました。
こういう症状で悩んでいるのは私だけじゃないんだと、
高校生のころに戻って声をかけてあげたいわというような
不思議な気分であり、胸のつかえが少し取れたような気持ちにもなりました。

自分のことを残すのはなかなか気力が要りますね^^;
この回だけでもまだ続きがあるのですが、少し休憩します^^


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       ありがとうございます。よろしくお願いします。

| 和楽器 | 20:31 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

あぁ・・・

ムーコさん、こんばんはー。

 少し切ないお話に、私自身の子供の頃を思い出したりしました。
 小学校5・6年の担任(同じ人)に『あなたのお子さんは他の
子供とは違う』と母は言われたそうです。
 いや、多分その担任がエコヒイキ過ぎる人で、教師に公平さを
求める私とは合わなかっただけだと思うんですが(苦笑)
 おかげさまで、すっかり教師不信に育ちました・・・。

 自分の気質がある種の病と関連しているとわかると、それで快
方に向かうことがあるようです。
 やっぱり、精神的にしんどくなっていくんですよね。
 自分の体が思うようになってくれないと。
 ムーコさんのように、かなり後であっても時間が解決してくれ
ると、楽になる方が増えるような気もします。
 ただ、やっぱり何事も社会が理解してくれないと、辛さは中々
軽減しないものなんだろうなぁ、とも思っています。

| Y's | 2011/06/23 22:54 | URL | ≫ EDIT

Y's様

Y'sさん、おはようございますi-1
なんでしょうか、この蒸し暑さは。
小梅と愛姫が並んでぴろーんと伸びています。
めごちゃんが長い…。

中途半端な話になってしまったのに
コメントありがとうございます。
後で見返したら、最初と最後がつながっていないので
前置きいらないじゃんみたいなi-201

子どものときって世界が限られているためか
少し辛いことがあったりすると
後々まで記憶に残ることがありますよね。
私もお教室の先生にもっと辛辣に告げられた気もしているけれど
もしかして「嫌だった」という気持ちが先だって
実際はソフトな言い回しだったのが
記憶が書きかえられているのかも。

私は当時バレエかスケートを習いたかったのですが
K子ちゃんににべもなく却下されたので
スケートならきっとよいところまでいったんだ! とこっちをすり替えることにしようかな(笑)

高校生のころに戻って診断を受けるわけにもいかないので
私はこの病気でした! って決めることもできないけれど
記事を読んだときにずいぶんほっとしました。
就職面接のときに、数人の女子学生が並んで自己アピールする機会がありまして
みんな緊張しているのだ! とわかっていても
なんで自分はここまで緊張しちゃうのかしら…って
だめだなぁと落ち込むこともありましたし。

今はスクールカウンセラーの先生が学校にいらしてくれるので
おお、こういう仕組みはすごくよいな!と思います。
信頼して悩みを打ち明けられる人がいれば心持ちもずいぶん変わってきますよねi-179

| ムーコ | 2011/06/24 05:38 | URL |

ピアノ....私も習っていましたよ~
凄く怖い先生で何度も間違えるとピシャリ!と手を叩かれ
ましたv-222
ある日何度も間違え『もう良い!帰りなさい!』と先生に
言われたので途中で切りあげ『さようなら~』と帰ったら
その日の夜自宅に電話があり
『帰りなさい!と言われてハイって帰るお子さんは
初めてです!普通は泣いても練習してから帰りますよ..』と
母が怒られていました(^_^;)

負けず嫌いなのかやめたいやめたい!と思いながらも結局
中学3年まで通っていました....レッスンの日になると
仮病を使ってよく休んでいたので全然上達しませんでした
けど(笑)

大人になってから もう一度習いたいな~と思って
今度はゆるい雰囲気の音楽教室に通いなおして趣味として
結婚する前まで習っていました~、

子供の時のことを思いかえすと、
あの時!この時!大人からのアドバイスやフォローなど
欲しかった~~!!と思うことは沢山ありますよね
子供って自分からは聞けないし言えないんですよね~。

続き楽しみにしてますYO♪





| 茶ラブ母 | 2011/06/24 16:10 | URL |

茶ラブ母様

茶ラブ母さん、こんばんは。
コメントありがとうございますi-179
震災のときには温かなコメントありがとうございました。

まっ、茶ラブ母さんなかなかに奔放な行動ですねi-178
でも、夜に電話をかけててくださるなんて
厳しくても生徒を思う先生だったのですね。

結婚する前まで習っていらっしゃったということは
黄ラブ姉さんとふたり暮らしのときですね。
趣味として続けられるものがあるっていいなと思います。
なんだかんだで、私は人のせいにしてしまうことが多かったし、
先生とのことがなくてもいずれ辞めてたと思いますしi-229

言われたことが即座にできるという子どもではなかったけれど
母もそのことについて責めることはなかったし、
ずっと可愛がってくれた叔父さんは
さりげな~く支えてくれてたんだな~と思って
胸がじわっとなることがあります。
いまだに、叔父さんが母に私が猫を飼うことについて
フォローを入れてくれるのを聞くにつけ、
どんだけ子どものままなんだとも思いますがi-201

続き、またしても長いです。毎度長文でごめんなさいっ。

| ムーコ | 2011/06/24 20:53 | URL |














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