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梅の伝説

間があいてしまいましたが、松島の続きを^^  と思ったら
途中で全部消滅したのですよ…カツ丼の呪いかーー。

かき祭りでかきを美味しくいただいた後、
駐車場までの道のり、瑞巌寺(伊達家の菩提寺)周辺をぐるぐると散策して戻りました。 

【瑞巌寺ぐるぐる】
IMG_5520-1.jpg
思えば松島を何度も訪れていながら瑞巌寺には来たことがなかった。
ところが瑞巌寺は現在、平成の大修理中という。
ならば今回は見なくてもいいかな~と本当にただ周辺をぐるぐるしただけです。

夫は仕事の関係で、修理中でも足を踏み入れる機会があるかもしれないとのこと。
あらっ、それはよい体験ができそうねと優しい気持ちで思っていたのですが
後で調べたら、平成の大修理は平成30年までかかるというではないですか
私はそれまでまたなならんのか。なんだよ、夫が憎い。

修理中といっても、修理中だけ公開される場所もあるそうです。
IMG_5500-1.jpg 
伊達政宗公の正室愛姫様の御霊屋もそのひとつ。
これだけでも見てくればよかったかなぁと後悔。特別公開だけに後悔…ゴホゴホ。
消えた分、2回も書いたよ…特別公開だけに後悔というしょーもないフレーズを。

IMG_5482-1.jpg 
瑞巌寺そばにある三聖堂という小さな祠です。 
堂内正面中央に聖観世音菩薩、左に達磨大師、
右に菅原道真を安置したことから三聖堂というのだそうです。

IMG_5483-1_20120216185144.jpg  
三聖堂のそばには、瑞巌寺の尼僧・紅蓮尼に関するお話の立札がありました。

 昔、三聖堂の近くに蜂谷掃部という長者がおりました。
  掃部夫婦は子宝に恵まれなかったため、
 お堂の観音さまに祈っていたところ一子もうけることができました。
 小太郎と名付けられたこの子は、賢く容姿が美しかったので、観音さまの申し子だと評判でした。
   ある年小太郎はお堂の近くに2本の梅を植えました。 (「軒端の梅」と呼ばれる。)

 小太郎が15歳の春、父・掃部は四国三十三観音巡礼の旅に出ます。
 その道中で出羽象潟(秋田県にかほ市)の商人と親しい間柄となり、
 別れを惜しんだ2人は、これからも親戚として付き合いを続けたいと
 商人の娘・谷と小太郎の結婚の契りを交わします。
 谷もまた、商人夫妻が観音様に願をかけた末に生まれた娘というのです。

 しかし、掃部が旅を終えて松島へ戻ると、小太郎は病がもとですでに亡くなっていました。
 これを知る由もない象潟では、約束どおり娘を松島へ嫁がせてきました。
 娘を哀れんだ掃部は象潟へ帰るように勧めますが、娘は「一度嫁いだ身なのだから」と、
 娘として松島に残って父母に孝養を尽くし、
 父母亡き後は髪をおろし、尼となり、名を紅蓮と改め、
 一度も会うことのなかった夫・小太郎の供養に生涯を捧げます。

 軒端の梅が盛りのころ、紅蓮尼は一度も会うことのなかった夫を思い、

  植え置きし花の主ははかなきに軒端の梅は咲かずともあれ

 と恨みの歌を詠んだところ、次の年梅は全く咲かなかったといいます。
 このことにたいそう驚いた紅蓮尼が

  咲けかしな今は主とながむべし軒端の梅のあらんかぎりは

 と詠むと、翌年から再び梅は花を咲かせたという伝説が残っているそうです。

これから梅の盛りを迎えます。
多くの人が訪れて小太郎と紅蓮尼の悲恋だけれども、
美しい話に思いを馳せるのかもしれません。
紅蓮尼が作って村の人にふるまったという「こうれん煎餅」は松島の銘菓。
純白の優しい舌触りのお煎餅です^^

IMG_5484.jpg 
小太郎と紅蓮尼のご縁で松島と象潟は今でも夫婦町なのだそうです。

ああ、続きがあるのですがちょと疲れてしまいました。
どうも紅蓮尼の話を書いていると消えてしまう。なぜどうして。
(小)梅には尽くしているつもりなのに

あと一回分けますね。

 

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