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以前のこと~日を重ねる・2

母親が子どもを殺めるという事件を報道で知ることがあります。
続報で子どもに発達障害があったようだという事実を知らされると
なんともいえない居たたまれなさを感じます。

子ども・母親ともに私たちとは生育歴も違う、
置かれていた環境も違う。
発達障害にはいろいろな側面があります。
だから障害について困難を感じていた点も違うでしょう。

自分たちに重ね合わせるようにして考えるのは危険だと思うのですが、
このような事件を知ると
思い出してはもやもやとした気持ちが襲ってきます。

もやもやとした、身の置き所がないような後ろ暗い気持ちが生じるのは、
報道から垣間見えることのできる母親の姿から、
過去の自分が分離して立ちのぼってくるような、
透けて見えてくるような気がするからなのでしょう。

何があっても子に手をかけるようなことがあってはならない、これは当たり前のこと。
ほんのわずかでも我に返って
少し冷静に考える余裕があれば気付くはずのことです。

でも障害があっても可愛い我が子、
彼をどうこうしようと思ったことは一度もない、と
私は胸を張っては言えない類の人間でした。

疎ましいと思ったことは何度もあった。
手を離せば解放されると思ったことも何度もあった。

寝顔を見るとかわいいのです。いとおしいなと思う。
頬に触れる。同時に朝なんてこなければいいと願う。
かわいいと思う気持ちと、一日を過ごした疲弊と、
こんな面倒な障害を持った子どもとこれからもずっと一緒だという鬱陶しさ。

子がいとしいと思う気持ちと疎ましいと思う気持ちとの両方が、
支離滅裂なのだけれど、自分の中では矛盾なく存在してしまうのです。

事件になるような行動を起こさず、なんとか踏みとどまれたのは、
そんなことをしたら世間に何を言われるかわからないという恐れ。
踏みとどまった理由さえ、子ども可愛さというより、
自分可愛さ、自己保身をはかったにすぎないものでした。

私が幼いショマを育てていた日々、
自分の心の汚らしい、表には出したくない、人には気取られたくないという部分が
次第に剥き出しになってきて、
これらの心と向き合うことを余儀なくされました。


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