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以前のこと~日を重ねる・6

保育所時代、ショマは統合保育児として
サポートの先生が付き、健常のお子さんと一緒に過ごしました。

保育所在籍当時、言葉を発することができるようになったわけでもなく、
パニックもたびたび、ひっきりなしに大きな声をあげるようにもなり、
特に普段の生活とは異なる遠足、発表会などの行事に参加することは
私たちにとってとても気の重いものでした。

この子は日々成長しているという手応えはほとんどつかめないままに卒業。
試行錯誤を繰り返しながらかかわってくれた年若いサポートの先生と
ショマとが織りなしてきた保育所時代の生活習慣の繰り返しが
ショマの暮らしの土台となっている、
ショマと一緒に過ごす時間の端々でそのように気付いたのはもっと後になってからです。

サポート担当の先生のほかに、クラス全体を統括する先生がいらっしゃいました。
ショマはいつでもサポートの先生独占状態。
けれども、一方のクラス統括の先生とは親密な関わりはありませんでした。

ショマが年長児のときでしょうか、
クラスで縄跳びが流行っていて、縄跳び記録カードというものが作られたらしいのです。
作られたらしいというのはー、

私はそのカードがあることを知らなかったから。
ほかの子どもたちが持っているのを見て、
カード入れを確認してはじめてショマの分はないことに気付きました。

皆とすべてが同じようにできるわけではないと思いながらも惨めで情けなくて。
でも、どうしてウチの子の分はないのですかとも先生に聞けなかった。
いっそう情けなくなるに決まっているから。

行事のおりに、そのことについて絵を描いたとサポートの先生から確かに聞いたのに、
いざ掲示の段になると、ショマの絵だけは貼り出してはくれない。
行事のことについて描いているとはとても思えないショマの絵、というかなぐり書き。

今だから書けることと割り切ってしまいますが、
統括の先生はショマがクラスにいることを快く歓迎してはいなかったと思う。
なぜよく思わないのか、その理由まではわからないけれど。

カードの話にしろ、絵の話にしろ、
薄々は先生のある意図を感じながらも
たとえば、縄跳びができないショマにカードを作っても傷つけちゃうかしらと、
絵にもなっていない絵を貼るのはしのびないと
もしかしたらもしかして、先生が配慮してくれたのかもしれない。

配慮だったと思い込みたい自分がいました。

自分の内側から、汚物のような心の側面が滲み出してくる。
抑えきれない。

カードや掲示物ごときの些細なことでどうして泣かなければならないのか。
どうして身近にいるほかのご家族を妬ましく思わなくてはならないのか。

ショマが普通の子であったなら、こんな気持ちを知ることもなく、
自分は善良な人間と思い込んでいられたかもしれないのに。


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