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以前のこと~日を重ねる・8

スズが小学校に入学するとき、
スズ君は何組?と数人の顔見知りの保護者の方から訊ねられました。

スズは特別支援クラスです、と事実を伝えるのですが、
そういう風には見えないのに…と言われることが多かったです。

気遣ってくれているのです。
一見して障害があるようには見えない子どもに対して、
なんと言葉をかけていいものか困惑させてしまっているようで
申し訳なくも思います。

私はすでに2人の子どもに障害者があるという当事者なのですが、
先にあげたような、ごく普通にかけた言葉であったのに
思いがけずちょっと気まずい状況を生んでしまったという場面に遭遇したら、
咄嗟に何て声をかけたらいいかしらん…と困惑してしまうだろうと想像します。

たとえば、の話ですけれど、
当事者としては、そんな風には言われたくはないなという言葉があったとしても
相手の方も様々に考えてくださっているのだという、
相手の意を汲む心を持つというのも、
穏やかな人づきあいのために必要なことなのだろうと思います。

そう考えたうえで、
「そういう風には見えない…」という言葉に内包されている意味を
勝手に推察してしまう私。

声をあげるようなイメージかな。顔つきかな。落ち着きがなくて?
そして、可哀想?

最後の言葉は、私が障害者に対して持っていたイメージです。

中学生のときに、同じクラスだった自閉症の男の子。
私はあの子も、あの子のご両親も気の毒だとだけ思っていましたが、
ショマを育てるようになってみて、
あの子が「言葉を話す」という手段以外で、
私たちクラスメートに親愛の情を示していたのだと、
記憶が蘇ってくることが多くなりました。

彼が記憶しているテレビ欄をノートに書き写すとき、
出演者の名前がクラスメートの名前に変わっている。
その名前は時々変化していくのですが、
あれはたぶん、そのときそのときで、
クラスメートのなかでも彼がとても好きだった人なのだろう。
小さな割り箸を大事に持ち歩いていることもあって、
そこにもクラスメートの名前を書いていることがあった。 

彼のお母さんは、「ここででこの行動はしません。」などの
決まりごともしっかり教えていたのだなとふと思うことがあります。
中学生で、男女の関わりも複雑になってくる時期、
女の子に対するマナーは特にしっかり教えていたという気がしているのです。

コミニュニケーションの手段を彼がちゃんと持っていたにもかかわらず、
それは私たちとは違っているからと変だと、気にもとめず切り捨て、
ただ可哀想な人たちと思っていた私。

今、ショマを連れて歩いていると
やはり、その言葉の話しぶりでいろいろな人に見られることが多いです。
ショマが小さいときには、その視線をつらく感じたこともあったけれど
悪意のある視線だけではないこともだんだんに知る機会も多くなってきたこともあり、
障害があるんだ、この子どこかおかしいんだ、
今は周囲の人に、そんな風に見られても別段気にならないし、かまわないと思う。

これでいて、カワユイところがたくさんたくさんあるんですよ~♪って
彼らについて訊ねられたら、私は言うことができるから。

ただ、なにか変な声がする!と驚いて見られるときに、
せっかくなら、もっともっと見ていただいて
スーパーでのお買い物を上手に手伝ってくれることや、
笑顔で一緒に歩いてくれるところも見てくれたら嬉しいのにな…と
可哀想だけでもないんだと知っていただけたらなと図々しく願っています。


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| 自閉症関連~以前のこと | 16:46 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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