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お母さんの涙

どうやらデジカメがまた壊れた模様。
シャッターが押せたり、押せなかったり、押せなかったり…涙。さて続きです。

預かり終了時間の午後四時まで
ショマが保育所にいられるようになったのはお盆が明けるころでした。
保育所にいられるようになっても、皆が集まるホールにいるというのがまた難しい。
保育所が近所だったことで、郵便局などに行くときに側を通ることがありました。
午前10時も過ぎて、皆が保育所内で活動を始める時間になっても
園庭でひとり走り廻っているショマを目にしては
どうして、皆がいる場所に一緒にいるという簡単なことが出来ないんだろう…、
自閉症ってなんて難しい、嫌な障害なんだろうと胸が苦しくなりました。

前年までは母子通園施設に通っていて、同じ障害を持つ友達のお母さんと
励ましあってきたので、大変な思いをしているのは自分だけではないと思えていました。
それが保育所に入ってからは、ショマと他の子との違いが目に見える形で
はっきりと提示されて、現実を突きつけられる。
それまでいくつかの療育施設を渡り歩いて
多動という点では常に頭ひとつ抜きん出ていたショマでしたが、
保育所に入ったらば、その違いが際立ちすぎて
この子はどこに行っても異端の者なのだと思いました。
違っていていいなんてまっったく思えなかった。
自閉症といえば、特別な才能があるっていうじゃない?とよく言われたのですが
そんなものいらないよ~~普通、普通、とにかく私が思う『普通』であってほしいの!!
とプンスカしてました。何言われてもプンスカ。
障害に関しての人の言葉を素直に聞ける状態ではなかったです。
助言くれた方、申し訳ないです。

結局、ショマに対する不満とかやりきれなさとか、
いかに自分が毎日大変な思いをしているかという苦労話が蓄積してくるのですが
あまり友達に愚痴を撒き散らすわけにもいかないので
近いところで実家の母にあれやこれやの状況を話すわけです。
でも母と娘って近すぎるのでしょうね、
最後は、でもあなたが生んだ子でしょ、仕方ないね~と言われる。真理です。
ズバッと真理。母だから言える。
私の子、育てていくしかない、つまり闘わなきゃ現実と!…どーんと落ち込む。

並行して、姑、もうひとりのお母さんとも電話でよく話しました。
一応姑ですから、実家の母に話すほどショマのことを辛辣に話すわけではないですが
根気よく私の愚痴を聞いてくれていました。
あるとき、お母さんと新聞のあるコーナーについて話をしたことがありました。
確か、『あのね』というコーナーで、小さな子どもの奇想天外な発想からくる面白発言を
お母さんや、おばあちゃん、おじいちゃんが投稿するといった内容でした。
面白いんですよ、かわいいんですよ子どもの発言。微笑ましい。
でも意地悪でごめんなさいね、ウチの子は一生こんなこと言わないよ、ケッと思う。
でもでも、ショマと同じ年頃の子がどんなことを言うのか気になって見てしまう。
そして、ケッと思うの繰り返しでした。
どうして、そのコーナーの話になったのかは忘れてしまったのですが
たぶん、あのコーナーを読むと心底他の子が羨ましいと思ってしまうとか、
そういう流れでお母さんに打ち明けたのだと思います。

  「私もね読んでるんだけど、あれを読むとね、
   ○子(私)がどんな気持ちで読んでるかなぁって思うの。
   でもね、育てている○子にしたら、こんなこと言われたくない、
   そんなつもりでショマを生んだんじゃないって思うかもしれないけれど、
   私はショマといると、なんていうか…癒されるの。
   目がねキラキラしていて、こちらの心も綺麗になる気がするっていうか…。」


人の言葉を素直に聞けない私でしたから、
障害のある子は純粋だとか、心が美しいとか見たり聞いたりするのも嫌だったころです。
障害のある子は天使だとか、そんなのは奇麗ごとであって幻想、幻想。
それなのに、この言葉を聞いて素直に嬉しかった。
私はショマの目がキラキラ☆しているなんて思ったことはなかったのですが
お母さんとしばらく過ごして、本を読んで読んでとせがむようになった
ショマの目は輝いていたのかしらん…。

障害のある子がいるお宅では嫁の血筋だとか、嫁の育て方だとか
一方に原因を求めるかのような言動をされるお姑さんがたまにいるように思われます。
私の場合、他の子への妬み、羨ましさはどこに向けていいのかわからず心を彷徨い続けて
最後は障害を持って生まれた子どもと、そしてその子どもを生んでしまった、
先天性の障害を持たせてしか生んでやることができなかった、
自分の体への嫌悪に向いていました。
ショマがはっきりと自閉症と診断されたときに、診断を下した先生が
自分の身内を見てごらんなさい、変わった方が一人二人はいるはずですよと言われました。
思い当たる人、私といえば私でもあるし、夫といえば夫のような気もするし…。
私は研究者ではないので自閉症の原因について
身内のあちこちに遡って探し求めてもあまり意味がない。
原因よりも、私たちにはこれからも続いていく時間を、
一日をどう過ごすかの方が大切なんだ。
そう割り切っても自分の中に流れる血への怨嗟というものが
心のどこかでほの暗く灯り続けている状態。
そこへ嫁の血筋の問題と言われたら、精神的に持たなかったと思います。
私は遺伝的なことについてもお母さんに何かを言われるということもなかったし、
ショマが障害のある孫で辛く悲しいといった類のことも言われたことがないのです。
毎日、毎日、お父さんのお仏壇に私たちを守ってくれるように
お願いしているのとだけ聞かされていました。
お父さんの前でだけ、自分の本当の気持ちを打ち明けていたのかなと思います。

お母さんが仙台に遊びに来てくれたときに、
母子通園施設の卒業文集を見せたことがありました。
その時点での私のショマに対する思いをズラズラズラーッと、長文で書き連ねたもの。
お母さんは二階の部屋に持ち込んで寝る前に読んでいたようです。
今年に入って、いつものようにショマやスズの暮らしぶりの報告の電話をしていたとき、
その文集の話になって、はじめて私の前で電話口で泣きました。
あの文を○子があのとき、どんな気持ちで書いたのかなと思うとね、涙が出ちゃってと。
最近は毎日穏やかで落ち着いて楽しく過ごしていますよと告げることができるようになって
常に負の感情へ引っ張られていた私の心も安定してきて
こうして過去も振り返って考えることができるようになった。
遠く離れていて、何もできなくてしてあげられなくてと口癖のように言うお母さん。
私は、まごころに距離なんか関係ないですよとお母さんにいつか伝えたい。

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長文シリーズ、読んでくださってありがとうございます。よろしくお願いします。
本文では入れられなかったのですが、
今の私はショマのおよそ一割~二割は
純粋で生成されているのではないかと思っています。

| 自閉症関連 | 05:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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